息をするだけで胸が痛むほど苦しくて、あたしは真夜中に目を覚ます。 だけど、泣いている場合じゃない。 週末の試験が終わって、次の週の月曜日、あたしが学校に行くと心配そうに奈緒が近づいてきた。 「おはよう」 「おはよ」 「お疲れ」 「うん、アリガト」 なんてことない会話で、ああ、あたしって大事にされているなって思う。教室の傍らで、他のトモダチにも推薦を受けた子達がいるし、クラスの雰囲気も重くなってきて、早くこの時期が終わらないかな。時間が過ぎるのはとても怖いことなのに。 「朱美」 「うん?」 「あたし、仲いい後輩に聞いたんだけど」 「・・・・・・・・・」 後輩という言葉だけで、これから奈緒が話そうとすることが分かってしまい、あたしは深呼吸をした。 「朱美、薫くんと別れたって・・・、本当なの?」 予想通りで、少し心が揺らぐけれど、何でもないことのようにあたしは笑顔を作った。 「ウン」 「・・・どうして」 「やっぱり合わなかったみたい。ほら、元々あたしってオトナが好きだったじゃん?」 「でも一年半も続いていたじゃん?」 「・・・そうだね。どうかしていたんだ、あたし」 府に落ちないという顔で突っ立っている奈緒を置いて、あたしは席に座った。 本当にどうかしているよ。 あたしの気持ち、本当は違う場所にあるのに、それを口に出すことも出来なくて、自分も友達も偽らなくちゃ生きていけない。
相変わらずあたしは暗くなるまで図書館で勉強して、一人で薄暗い廊下を早足で歩いて下駄箱で靴を履き替える。 推薦入試が終わったところであたしの本命はまだ残っているから、気が抜けなかった。 いつまで続くんだろう。もちろん二、三月には解放される。そんなこと分かっている。だけど、その季節がはるか遠くに感じられた。 息が詰まりそうだ。 外の空気は心臓に染みるほどに冷えていて、あたしは冷えた両手に息を吹きかけた。重い鞄を持った右手はまるで血が通っていないみたいに冷たくて痛かった。 孤独だった。 誰だってこの孤独な戦いを超えなければならないんだ。そんなこと知っている。だけど、寂しくて、苦しくて、どうしようもなかった。 通学路の途中の、公園の脇道。相変わらず街灯の少ない公園は真っ暗で薄気味悪いけれど、間違って振り返れば冷たい空気が目に染みて、あたしは涙を流しそうになる。毎日のように。 一年前は、未来を考える恐怖すら知らなくて、あたしは薫とよくこの公園に寄って、たくさんのことを話した。休みの日に会ってデートをするよりも放課後にこうして会うほうが数多くて、時にはそのままお互いの家に行ったりして、薫に会えることがあたしの一日の楽しみだった。どんなに学校で嫌なことがあっても疲れてヘトヘトな日も、薫に会えば消えちゃうくらい、薫の笑顔は魔法のようで。 あのベンチに座って語って、甘いキスをして、一日が終わった。いつも制服で、薫の少し緩んだネクタイを見つめながら、いつまでもずっと変わらないのだと思っていた。
これが永遠の恋だと信じていた。
それが幻想だと知っても、まだあたしは薫を忘れることが出来ない。 数ヵ月後には姿を見ることすら出来なくなるかもしれないのに、息が詰まるほど、まだ薫の温もりや声が鮮やかにあたしの中に残っていて。 ・・・どうしよう。 あたしは歩きながら鞄をぎゅっと握り締める。息が上手く出来ない。 どうしよう。こんなに人を好きになるなんて、苦しいだけなのに。甘い日々を思い出すだけで胸が暖かくなる。明日を迎えるための糧。 そして、あたしは眠る前に思い出すのだ。
―――もう一度、あのイチゴ味のキスが欲しい。
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