それは初秋に起こった、死刑宣告。
鞄をひきずるようにして廊下を歩いた。二回折りこんで短くしたスカートの裾を冷たい風が揺らす。校庭での掛け声、部活動に勤しむ生徒達、あたしは廊下の窓から運動場をのぞいた。あたしには夕方の太陽が当たらない。 「このままでは無理よ」 先ほどの進路指導室、若い担任の宣告に、あたしは唖然とした。 「・・・無理って?」 「本気でやってるの、あなた?」 「・・・勉強、してます」 「そう。じゃあ諦めたほうがいいんじゃない? 他にも大学なんていくらでもあるのよ」 「・・・・・・・・・・・・・」 あたしは唇を噛んだ。手に持った模試の成績表。高校二年の冬よりも下がってしまった成績に、あたしは愕然とした。我が目を疑うとはこのことだ。 「・・・どうしても、無理ですか」 「だってもう秋なのよ? これから伸びることを期待してもいいけれど、伸びないことも考慮する必要があるのよ」 担任の容赦のない言い方に胸がチクリと痛む。それでも悪いのはあたしだ、ここで泣くものかとあたしは目を見開いたまま担任を見つめた。 「ねえ、浦川さん」 担任は厳しさを和らげて微笑んだ。 「推薦を受けるのはどうかしら? とりあえず、行けるところがあったら安心でしょう? 滑り止め・・・と言ったら、言い方が悪いけれど」 「推薦・・・」 あたしは担任の説明をぼんやりとした頭で聞いていた。家から遠く離れた大学だった。でも確かに、あたしが勉強したい専攻がある学校で、担任の選択に間違いはないのだとあたしは感心する。 頭に思い浮かべることはただひとつ。 「・・・考えておきます」 「そう。早めにしてね」 あたしは一礼をして、指導室を出た。秋の赤い夕日が目に染みた。
階段をひとつひとつ降りて行った。上靴の裏のゴムの音がこすれ、衛生上に不気味な音が漂う。あたしの指はもう力も発揮できなくて、鞄を手放した。鞄は転がり、一気に階段のふもとへと。あたしは冷めた目でそれを見下ろした。すぐに拾おうなんて、そんな気力もなくて、どうしようもない。 「何今の音・・・、って、朱美ちゃん!?」 下の階から顔を覗かせたのは、声を聞いただけで分かった。どうしてこんなときに。今は会いたくなんかなかったのに。 あたしはその場に座り込んだ。 「・・・朱美ちゃん?」 薫は慌てたように、あたしの鞄を拾ってから階段を駆け上ってきた。その勢いはあたしにはないものだった。
「朱美ちゃん・・・?」 「どうして・・・」 「え?」 「どうして、こんなときに会わなくちゃならないの・・・?」 本当は薫を責めた口調にしたかったのに、思ったよりもずっと弱々しい声が出て、そんな自分に嫌気がさした。 薫はあたしの頭を撫でてから、あたしと同じ高さまで座り込んであたしをぎゅっと抱きしめた。 「どうしてって、そんなの決まっているじゃないか。だって朱美ちゃんは泣いているんだ」 その言葉に驚いて、あたしは薫の腕の中で自分の頬に手を当ててみた。指に透明な液体が絡まる。 涙だった。 あたしはたまらなくなって、縋りつくように薫の背中に手をまわした。 「・・・どうすればいいのか、分からない・・・、分からないよ・・・」 涙はとめどなく流れる。うん・・・、と薫のつぶやく声が聞こえた。どうしようもなかった。こんなに近くにいるのに、密かな距離感を覚えた。薫の声が遠くに聞こえる。 不器用だなんて言い訳にもならない。これはあたしが乗り越えなければならない壁なのに。 あたしは薫の胸のシャツを涙で濡らすまで泣いていた。ただ泣くことしか出来なかった。
脳裏に浮かぶのはただひとつ。 ―――あたしは薫と離れたくない。
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