ストロベリーラブ
05 一時休戦


 目を覚ますと、まるでイチゴのようなキスを思い出した。今になって思う。初めからイチゴ味だった。


 頭痛を感じて、あたしは頭を押さえた。それでも学校に行かなくては。一日休むとその分遅れてしまう、まるでそれはノイローゼのような暗示だった。
 昔に戻れたらいいのに。そんなことを思っているから昔の夢なんて見てしまうのかな。
 薫と出逢った頃の、甘くて幸せなあの毎日を。あたしは今でも願ってやまない。
 今日は何日だったっけ。曜日はいつも頭にインプットしているくせに、肝心の日付感覚が失われてしまった。携帯の画面と着信履歴、そしてメールの受信ボックスを見て少し驚く。
 もう一週間も薫と連絡を取っていない。


 いつもならば、会えなくたってメールくらいはしていた。受験勉強が大変でも、メールくらいなら別に支障がないからだ。
 でも、今は「いつも」じゃない。つまりはあたしと薫は喧嘩中なのだ。
 原因は何だったっけ?たぶんとてもくだらないことのような気がする。一年も経つと、素直になれなくて意地を張ってしまう癖が身に付いてしまう、これがあたしだけじゃなくて薫もなのだから少し痛い。
 七月上旬の暑さで、余計に気分を害する。もしかしたら喧嘩の引き出しになったのもこの暑さのせいかもしれない、自分の責任を棚に上げて、イライラ度は増していくばかりだ。
 連絡がない。と分かっていながら、あたしは携帯の画面を何度も確認してしまう。もしかしたら、なんて淡い期待を持ちながら。馬鹿みたいだ。
 どうして何の連絡もしてくれないの。怒っているの? もうあたしに愛想つかした? 何の反応もない携帯を見るたびに悲しくなるよ。
 そうしているうちに、さらにもう一週間が経ってしまった。


「朱美、模試どうだった?」
 移動教室の途中、奈緒があたしに訊く。
「・・・・・・うん」
 答えになっていない返事をあたしはため息をつきながらする。分からない。何も分からない。現役生は夏で浪人生を追い越すって聞いたことあるけれど、浪人生だって現役生に追い越されまいと頑張っているだろうし。これかさらに成績があがるなんて保障はどこにあるのだろう。努力してもすぐには表れない試験の結果。
「あ、あれ、朱美の彼氏くんじゃない?」
 前方から歩いてくる影を指差して、奈緒は言った。あたしは息を飲んだ。姿を見たのは久しぶりだ。機嫌悪そうだった。薫は仏頂面でひとりで歩いていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「声かけなくていいの?」
「あ、えっと・・・」
 薫との距離が近づいてくる。どうしよう、声をかけるべきかかけないべきか。薫の視線があたしを向いた。
 目が合った。
 あたしは薫の唇が少し震えていることに気付く。目が逸らせないでいると、奈緒が「じゃ先に行くね」と走っていってしまった。
 静かな廊下に二つの影。震えた唇、少し開いたと思ったら。
「朱美ちゃん、久しぶり」
 なんで急にそんなに優しく笑うの。胸が詰まった。
「久しぶりなのは誰のせいだと思ってんの」
 それでもあたしは正直になれない。
「お互いだよ」
「何を・・・っ」
 冷静な薫に腹が立って、言い返そうとすると遮られた。薫の顔が近づいてきてそして・・・、額同士がぶつかる。すぐ目の前に薫の伏せた長い睫毛が見えた。
「・・・ごめん、寂しい思いをさせて」
 いつもより低い声で薫は言う。
「でも、俺も寂しかったよ」
「・・・じゃあ、どうして連絡くれないの。待っていたんだよ、あたし」
「俺も待っていたよ」
 あたしのワガママに、薫はせつなそうに顔をゆがめる。
「どうやって電話とかメールとかすればいいのか分からなくて、それでも朱美ちゃんから連絡くれるかもって待っていたよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 言葉がない代わりに、伝わる優しさ、あたしは薫の首に両腕をまわしてぎゅっとした。
「薫、今週ね、模試がないの」
「うん」
「だからね、受験勉強も一時休戦。どこかに行こう?」
 あたしたちは離れすぎていたよ。寂しいときっとこの想いもなくなってしまう。永遠に続いていくほど現実は甘くないし、あたしたちは強くない。
「朱美ちゃん、俺、昨日夢を見たよ」
「夢?」
「うん、初めて朱美ちゃんとキスしたときの、甘い気持ち、広がった夢」
 それって、あたしと見たのとおんなじなんじゃないかな。 もしかしたらテレパシーが存在するのかもしれない。そんなことあるわけないけれど、今だけは信じていたいよ。


      
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