今、あたしは機嫌が悪い。 というのも、薫がクラスの女子と仲良くしているところを目撃してしまったからだ。つまりその女子は薫と同い年というわけで・・・、一つ年上のあたしは劣っている。・・・ように思う。
「先輩、ゴールデンウィークは暇?」 いつものように帰り道に、薫は無邪気に話しかけてくる。あたしは薫を睨んだ。 「あたしが暇でも、どうせ薫は多忙でしょ?」 「・・・なんで?」 「だって、クラスの女の子とか? 昼間仲良さそうに話していたじゃない」 「・・・・・・先輩妬いてるの?」 あたしの顔を覗き込むようにして、薫は静かに訊いた。あたしはドキリとする。それが、薫の目線のせいなのか、科白のせいなのか定かではないけれど。 「あんなの、全然関係ないよ」 あたしが押し黙ったままでいると、薫は軽やかに言う。 「だって俺、前から言っているじゃん、先輩が好きだって」 こんなふうに、前置きもなく突然甘い科白吐く癖は直して欲しい。あたしを殺す気なのかな。不整脈で死んじゃいそうだよ。 「・・・だって」 ようやくあたしは口を開いた。ずっと思っていた不満。好意を素直に受け止められていないあたしも悪いけれど、どうしても思わずにはいられなかった。 「だって、薫はあたしのこと、先輩って呼ぶんだもん」 あたしがぼそぼそと言うと、薫は意外な顔をしてあたしを見た。 「・・・・・・そんなの気にしていたの?」 あ、今の顔可愛い・・・。こんなときでもあたしは薫を観察する癖を直さない。 「じゃあ・・・、・・・どう呼べばいい?」 「そんなの好きにしていいよ!!」 とても頼みごとをしているとは思えない態度で、あたしは薫を睨んだまま口を尖らせた。薫は困ったような顔をする。 「・・・・・・・・・『朱美』・・・?」 口のなかでつぶやいた瞬間、薫の顔は真っ赤になった。 何、今の。何? それはまるで、あたしが初めて薫の頬にキスを落としたときと同じような表情で、何かを訴えるようにあたしを見つめてくる。 「なんで真っ赤になっているの!」 「だって恥ずかしすぎるよ、こんなの!!」 耐え切れなくなったのか、薫は両手で顔を覆った。どうしよう、恥ずかしいのはあたしだ。だって、だけどあたし変なこと言っていない。付き合っているなら当然のこと、「先輩」はないんじゃないの? って言っただけなのに、どうしてこういう反応が返ってくるかな! 「無理無理! こんなの、今まででいいじゃん」 「だって・・・」 あたしは今までのままでは嫌だ。年下の、薫と同い年の可愛い女に負けてしまう。あたしはそんなに純粋じゃないし、勝ち目なんてこの時点で見つからない。せめて「先輩」はやめて欲しいんだよ。 どんな風に言ったか覚えていない。だけど、あたしは年上であるコンプレックスを薫にぶつけてしまった。そしたら、薫は、さっきよりももっと意外な顔をした。 「勝ち目なんかあるよ。俺の愛情?」 「でも言葉じゃ分からない。それって薫の口癖に聞こえるんだもん」 「じゃあ、それなら・・・」 薫は周りに人がいないことを確認して、そっと顔をあたしに近づけた。触れるか触れないかのキス。 「・・・・・・これでいい?」 「・・・・・・・・・っ」 あたしと同じ目線の高さで、薫は言う。心なしか、薫の頬は赤くなっている。あたしの名前も呼べないくせに、なんてことするのかな。突然の出来事にあたしは言葉をなくしたまま薫を見た。 無理だ、こんなの。だって、あたしの心臓はまだ鳴り止まない。そんななかで、またあたしは「先輩」と呼ばれるのだろうか。わがままだけど、耐えられない。 「あのね、薫・・・、あたしべつに呼び捨てしてほしいとは言っていないよ」 「じゃあ、・・・『朱美ちゃん』?」 恥ずかしそうに言う薫は、さっきの呼び捨てのときよりも可愛くて、その声の響きも全部あたしの心を捕らえて離さない。 「それがいい」 あたしが言うと、薫は降参と言って笑った。 「じゃあ、ゴールデンウィークは毎日俺に会ってね?」 ちゃっかり交換条件も忘れずに。
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