それから薫はことごとくあたしを見つけ出し、何かと誘い出す。 「先輩、放課後ヒマ?どっか行こうよ」 その日も放課後、玄関で出会ってしまった薫は、うるさいくらいに喋り続ける。 「嫌だ。あたしは忙しいの」 「じゃあ、週末は?お花見日和になると思うんだ」 しつこい薫にあたしは向く。そんなに身長高い男ではないけれど、あたしより背が高い薫を見上げるのは癪に障る。 「ご愁傷様、週末は予定が入っているのよ」 「ああ、男を紹介してもらうっていうヤツ?」 「分かっているなら誘わないで。だいたいあんたなんて、タイプじゃない」 あたしが言うと、薫は少し傷ついたような顔をした。なぜかあたしの心も痛む。そんな顔しなくたっていいじゃない。少しはその気持ち隠してよ。 「そんな得体も知れない男と行くくらいなら、俺と行ったほうが楽しいのに」 「あんただって得体知れないけれどね」 「なんで? 俺だったら」 あたしの歩く道を塞ぐように、薫はあたしの目の前に立って、あたしを見下ろした。 「先輩が作ったお弁当も全部綺麗に食べるし、先輩の気の済むまで桜を見てられるよ」 「・・・・・・その考え自体がコドモなの。あたしがお弁当なんか作ると思う?」 「俺は作って欲しいけれど?」 あたしの目をはっきりと見て、薫は真剣に言った。どうしよう、またあたしはこの左胸の心臓が自分の物じゃないみたく思ってしまった。鼓動がウルサイ。 「だ、誰もあんたのこと聞いてないし!」 「先輩、待てよ」 「ちょ・・・っと・・・」 薫を振り切っていこうとしたのに、逆にあたしは手を掴まれてしまった。こんな可愛い顔をしているくせに、力だけは馬鹿強い。 「離しなさいよ!」 「だって先輩が話を聞かないから!」 「話すことなんて何もない!」 正門の前でお互い叫ぶあたしたちの姿は、この下校時間に目立ちすぎていた。年上好きなあの朱美が・・・? クラスメートの友達がそんな顔をしてあたしたちを横目に通り過ぎていく。 「俺と行こうよ」 あたしの手首をぎゅっと掴んだまま、薫は言う。 「花見、他の男となんて行くなよ。わざわざそんなところに飛び込むなよ」 「どうしてあんたにそんなこと言われなきゃならないの!」 「だって俺は先輩のこと好きだよ」 突然、腰の抜けるような科白を平気で吐く。信じられなくてあたしは薫を見てしまった。だからそんな甘い科白はいらないというのに。 胸の動悸が苦しくて、どうしてか切なくて、なぜかあたしは泣き出してしまった。
「大丈夫?」 公園のベンチに無理やり座らされて、あたしは薫から冷たい缶ジュースを受け取った。 「どうしたの。急に泣き出すなんて」 「し、知らないっ。あんたが・・・、変なこと言うからじゃん」 「変じゃないよ。一目惚れって言っただろ?」 あたしの隣に座って、薫も買った缶ジュースを音を立てて開けて、一口飲んだ。ごくりと喉の音が響いて、またあたしは苦しくなる。こんな感情、あたしは知らない。 「先輩ってさ、可愛いよね」 また唐突に言うし。薫は優しく微笑んでいるように見えた。 「・・・・・・あんたのほうが可愛いよ。あたしなんか、便利な男探しているだけの、つまんない女だよ」 弱々しく、腹の底に溜まっていたモノを吐き出した。 薫の言うとおりだと今になって分かった。こんなの恋じゃない。でもあたしはつまらない毎日を少しでも楽しみたかった。彼氏と一緒に遊んだりしていて楽しかったのは本当なのだ。 「だけどそんなふうに泣く先輩は可愛いし、だいたい俺も計算高いけれどね。週末が雨になりますようにって本気で願っている」 「どうして・・・?」 「そりゃあ、先輩たちの花見妨害願望?」 薫が目を細めて言ったとき、あたりがざわざわと鳴った。風の音だと分かったのは三秒後。 公園の端に植えられていた桜の木が揺られていて、すでに桜の花びらが舞っていた。 「うわ、すごい、花がすごく綺麗だよ! 先輩、見てる?」 「・・・・・・うん」 涙を拭くためのハンカチを両手で握り締めながら、あたしははしゃぐ薫の横で静かに桜を見ていた。薫の言動も、タイミングよく舞う花びらも理解できないけれど、一番に理解不能なのは自分が抱えるこの気持ちだと思った。自分のことなのに、何も分からない。ただ確認できるのは、薫の隣に座っているだけで、死んじゃいそうなくらい心臓が高鳴っていることだけ。 薫は立ち上がって、一枚の花びらをキャッチした。そして、あたしの前に立った。 「先輩、俺と付き合おうよ」 「・・・・・・・・・・・・」 あたしは何も言わないまま、薫を見上げた。今はもう、甘い言葉を言われても嫌だと思わなかった。それどころか、嬉しいと思ってしまう自分がいる。体中が熱くなる。顔が赤くなる。あたしに向けられた大きな目を、あたしはじっと見つめた。 いつの間にか掴まれていたあたしの手のひらに置かれた一枚の花びら。 「俺と付き合おうよ」 薫がもう一度言ったとき、あたしは黙ったままコクリとうなずいていた。
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