ストロベリーラブ
01 ありえない始まり


 男はどれだけ使えるかだと思う。
 ポイントは職業、車の有無、もちろん顔の好みだってあたしに合わなければ却下。理想の男はもちろん年上でしょ。
 だいたい男なんて、偉そうにしているくせに実際は精神年齢低いし、すぐ子供っぽく拗ねるし嫉妬するし、逆に冷めてしまうのよ。そんなのもううんざりなの。あたしはオトナの男としか付き合えない。

 そう思っていた。


「朱美、今週の日曜空いてる?」
 放課後、学校の女子トイレの洗面台の鏡でメイクを直しながら、友達の奈緒(なお)が言った。
「なんで?」
「お花見に行かない? もちろんイイ男呼ぶよ? 朱美、最近大学生の彼氏と別れたんだって?」
「・・・まあね」
「もったいない! 格好よかったのに」
 メイクの手直しを終了したあたしたちは、教科書などほとんど入っていない鞄を抱えて下駄箱へと歩いていく。
「まあ、確かにねー・・・、宏一(ひろかず)は便利ではあったよ。行きたいところはドコへでも連れていってくれたし。顔もよかったし。でも、お互い冷めたっていうか・・・」
「・・・っていうか朱美って、本当に好きになった人、いるの?」
 奈緒の言葉にどきりとした。
 好きって何。そんなことあたしだって聞きたい。あたしはいつだって本気でいるつもりだけれど。
「・・・・・・好きになっているに決まってるじゃん」
「だっていつも、表面上で好きになっているじゃん」
「当たり前だよ。今は一生に一度しかない青春真っ只中だよ? 楽しく恋したいじゃん。車で迎えに来てもらえる瞬間なんてとても気持ちイイの、奈緒だって知っているでしょ? お子様な男なんて使えないもの。どうせ付き合うなら楽しくなくちゃ」
「――――――そんなの恋じゃねえよ」
 突然、背後から声が聞こえた。あたしと奈緒は驚愕して後ろに振り返る。
「・・・あんた誰」
 立っていたのは、背の高くない、はっきり言って男らしくない顔立ちの、でも男子用の制服を着ているこの高校の生徒。あたしは今の話を聞かれていたことに怒りを感じて、低い声で男に向かって訊く。
「調子に乗るなよ」
 男はそう言って、自分の下駄箱に向かって歩いていく。一年生の下駄箱が置かれているの場所に。
「何あれ! 一年? 入学したばかりだってのに、先輩いびり気分? おまえが調子乗るなっての」
 奈緒もプンプン怒りながら、彼が歩いて行ったほうを見ている。あたしは今更茫然としていた。
 恋って何。教えてくれなきゃ分からないよ。


 恋愛ドラマや少女マンガのような恋愛なんて嘘くさい。もう見飽きているし、そんな甘いシーンや科白など現実にはないと分かっている。ただなんとなく・・・あたしは恋することが好きだし、付き合ってくれる男はいい人だし、楽しめばいいじゃない。
 そう思っているのに、虚しく感じるのはどうしてだろう。
 翌日の朝、いつものように登校していると、昨日の男を見かけた。昨日の屈辱を思い出して思わず凝視をしていると、彼もあたしの視線に気付いたのかこっちを見た。目と目が合った。
「おはようございます、先輩?」
 昨日の態度とは百八十度違う。でもその笑顔には裏があるように思えた。なぜ声をかけてくるのだろう。あたしのことなんて、昨日の時点で忘れてほしかった。
「お言葉のようだけど、私はあたしなりに恋を楽しむの。コドモのあなたに説教される覚えはないけれど」
「俺は説教したつもりはないけれど。先輩が説教だと思うなら、何かやましいことでもあるのでは?」
 彼の科白で言葉がつまる。
 女のあたしから見ても羨ましいほど大きな瞼。綺麗な肌。絶対コイツは女に生まれたらモテまくっていたに違いない。
 胸元の名札には『青松 薫』と書かれている。名前まで女っぽい。別に男の名前としても可笑しくないけれど。
「うるさいよ」
 あたしはもう何も期待しない。したくない。甘い幻想に酔わされるのはもう嫌なの。
 いつだって冷静でいたいし、失ったら世界がなくなるほどの恋なんてドラマの世界だけで充分よ。
 彼の瞳を見ていると、あたしの考えがすべて非難されている感覚に陥る。あたしは彼の顔から目を逸らして、逃げるように走って教室に駆け込んだ。


 薫の顔が、声が、頭に浮かぶ。あんなの全然タイプなんかじゃないのに。頭から離れない。印象が強すぎる。
「朱美、今度の日曜の花見、どうするの?」
「行く! 絶対イイ男捕まえる!」
「・・・いつもより必死になっているね。何かあった?」
 奈緒はいつものように苦笑する。あたしは黙ったまま首を横に振った。
 早く。早く年上の彼氏を作って、またいろんなトコロに連れて行ってもらって、誕生日が来たら何かをおねだりしてみたり。そんな楽しい毎日を、早く、送りたい。
「朱美ー、呼んでるよー」
 教室のドア付近の席の友達があたしを呼んだ。ドアの前に立っていたのは。
 薫だった。


「何の用?」
 あたしは威勢を崩さずに薫に向かう。薫はあたしをじっと見つめた。
「こっちが訊きたいよ。なんで朝逃げたんだよ。まだ会話の途中だったのに」
 また態度が変わるし。いくつもの人格持つのやめて欲しい。惑わされそうになる。薫はあたしを見たまま、にやりと笑った。
「浦川朱美、サン?」
「なんであたしの名前・・・・・・」
「だって名札に書いてある」
 薫はあたしの胸元の名札を指差した。あたしはどうすればいいのか分からなくなって、視線を泳がせる。
「名前を知ったのは今朝だけど」
 急に静かな口調になったのでそのギャップに驚いて、あたしは薫の顔を見た。とても真剣な表情をしている。
「先輩のことは前から知っていたよ」
「・・・・・・どうして?」
「だって・・・・・・」
 薫の科白を聞き、あたしは目を見開いた。
 ありえない。ここは現実の世界だ。そんな甘いはずないのに。
 薫が教室を離れて行き、あたしも教室内に戻って席につく。だけど、動悸はおさまりそうになかった。もうすぐ授業が始まるのに。

―――入学式の日に先輩を見たときから好きだもん。一目惚れってヤツ?

 思わず年下の男に翻弄されそうになった。


  
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