あなたに幸せを(中編)



 土方が屯所に戻ったとき、ちょうど廊下で近藤にすれ違った。
「あ、おかえり、トシ! そういえばさんが屯所の前まで来ていたけれど・・・、連絡来ていないのか? さん、健気にずっと携帯を握り締めていたぞ」
 そう言い残して去る近藤の背中を見て、一気に現実に戻された感覚に陥った。慌ててポケットに手を突っ込むと、携帯がない。そういえば昨日の夜からずっと見ていない気がする。部屋に戻ってみると、携帯電話がたたみの上に転がっていた。
 手にとって見てみると、からのメールが一通だけ。土方が返事をしなくても、しつこくメールを再度送ってくることはないようだった。

  今日は私の仕事はお休みです。トシ兄のお仕事が終わってからでいいので、そのあとにでも会えませんか?

 どうしてこのメールに気付かなかったのか激しく後悔をした。
 土方はそのまま電話をかけた。十数コールほどでは出た。
『もしもし・・・』
! 悪い。携帯、部屋に置き忘れていたみたいで、気づかなくて」
『・・・別に』
 いつもと様子が違う。土方は眉をしかめた。やっぱりメールに気付かなかったことを怒っているのだろうか。だけど、土方の知る限りはそんなことでは怒らない。というより滅多に怒る女ではないのだ。常に笑顔で、忙しくて立て続けにデートをキャンセルしてしまったときも、笑って許してくれる。
「どうした? なんか声が変だぞ」
『いつもと同じよ。気にしないで』
「・・・・・・。俺、今から時間空いているし、会うか?」
『・・・・・・・・・』
 沈黙が漂った。妙な胸騒ぎがする。イライラして、土方は煙草を咥えて火をつけた。
「・・・?」
 いつまでも答えないに、いい加減耐えられず、土方は少し強めの口調でその名を呼んだ。今自分の救いになる固有名詞。
「今どこにいる?」
『・・・家』
「俺、今から行くから、待ってろ!」
 そう言い、電話を切った。もう二週間も会っていないのだ。自分の仕事のせいだとは分かっている。それでも、あんな冷たい態度を取られたらさすがに腹が立つ。
 まるで自分ばかりが相手に焦がれているみたいで、情けない。


 自分の身を思い、自分の気持ちに背を向けていたことがあった。
 いつ死ぬか分からない職業。気兼ねなく人間を殺せてしまう自分。そんな自分が幸せになる資格はないと思っていた。
 昔、自分に思いを寄せていた女がいた。自分も彼女に惚れていた。それでも、彼女の幸せを最優先に思った。病弱な彼女には世界で、宇宙で一番幸せになってもらいたいと思った。自分はどう考えても女としての幸せを与えてやれない。代わりに、自分とは違う誰かに大切にされて、結婚して、子供を生んで、女として普通の、そして最高の幸せを、願っていたのに。
 彼女は病気で死んでしまった。
 普通の幸せすら叶わないまま。
 なのに、自分はのうのうと生きているのだ。どんなに後悔をしても、彼女の笑顔は戻ってこない。
 そして代わりに心の底にある何かが、に癒しを求めている。あんなにも女を拒絶して生きてきたのに。自分の幸せを初めて願ってしまった。
 突き放すことが優しさになるわけではないと、気付いてしまったのだ。


 自分の仕事のせいで、会うこともままならない。
 それすら許容してくれたに、甘えていた。彼女のわがままにも耳を傾けるべきだった。






       
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