あなたに幸せを(前編)



 その日、は仕事が休みだった。それを携帯電話のメールで土方に伝えたけれど、返事が返ってこない。
 気付いていないのだろうか。土方はいつも携帯電話を所持しているはずだけれど。
 土方にはもう二週間ほど会っていない。もともと忙しい人だった。デートの約束をしていても、すっぽかされることも何度かあった。予定は未定。いつ何が起こるか分からない真選組に所属している以上、仕方ないことだった。
「何ソレ! どんなことがあろうとそんなの許せないよ。泣き落として謝らせなくちゃ!」
 一緒に働く友達はそう言うけれど、そんなこと出来なかった。
 もちろん、すっぽかされて平気なわけない。でも言えない。だって嫌われたくない。
 だけど、メールも返してくれないのは辛い。そうでなくても休日の昼間は時間を持て余すのだ。
 気付いたときには、は屯所に向かって歩いていた。


 だけどやっぱり屯所の前に来たら緊張する。門から少し離れたところで佇んでいると、ふと後ろから声がかかった。
「あれ、さんじゃないですか!」
 振り返ると、背の高い頼れそうな男。真選組の制服に首もとの白いスカーフが目立つ。を見つけたからか、人のよさそうな笑顔でに向いた。はほっと胸を撫で下ろす。知っている人間だったからだ。
「近藤さん、こんにちは!」
「トシなら出かけていますよ」
 二人の仲を知る近藤は、すぐにその名前を出し、少し申し訳なさそうにした。
「あ・・・、すみません。やっぱりお仕事ですよね・・・」
 がっくりと肩を落とすを見て、近藤は一瞬ためらった顔をしたが、やがて口を開いた。
「いや、今日はオフなんですけれど、・・・墓参りに行っています」
「墓参り?」
 思わぬ行き先を聞いて、はただ近藤を見上げた。
「・・・誰のですか」
 近藤は困ったように微笑んだ。
「帰ってきたら話を聞いてやってください」
 意味深な言葉を残して、のことはあとで伝えとくと、仕事のある近藤は申し訳なさそうに屯所に入っていった。


 は空を見上げながら歩いていた。途方に暮れたその足の行く先は分からない。せめてメールの返事くらい欲しかった。
 虚しくてやるせない気持ち。このまま家に帰るのかと思うと、寂しい。そう思って、ふらふらと町を歩いていた。眩しい太陽が青い空を映す。こんな日は仕事のほうがずっとよかった。
「あれ、さんじゃないですかィ?」
 今日はよく後ろから声をかけられる日だなぁと、聞き覚えのある声に千紗は振り返った。癖のある喋り方、茶髪に白い肌、真選組を牛耳る人間の一人とは思えないほどの華奢な男。
「・・・沖田さん、こんにちは」
「こんな所で何をしているんです? さんが働くあんみつ屋はこの辺りじゃないでしょう?」
「え、えっと・・・・・・」
 言葉を詰まらせたは、思い切って沖田を見上げた。華奢だとは言ってもやはり沖田のほうが背が高い。
「あ、あの、ト・・・土方さんは、お墓参りに行っているって聞いたんですけれど」
 がしどろもどろ言うと、沖田は口の端を少し持ち上げた。
 実がは沖田が苦手だった。自分の見ている限りではいつも土方を小馬鹿にしているし、土方よりも年下の割にはふてぶてしい。その敬語がどこか嘘っぽいのだ。それでも聞かずにはいられなかった。
「誰のお墓参りか、沖田さん知っていますか」
「土方さんの昔の女でさァ」
 さらりと言われたその言葉に、は耳を疑った。
「・・・え?」
「昔、土方さんがずっと惚れていた女の墓参りでさァ。聞いていやせんでした?」
 少し自嘲気味に笑う沖田の表情を読み取ることもなく、は口許を押さえた。そんなこと聞きたくなかった。聞きたくなんてなかったのに。
 やっぱりこの人は苦手だ。は沖田に見向きもせずにそのまま駆け去った。
 その後姿をぼんやりと眺めながら、沖田は深くため息をついた。
「・・・・・・ちょっといたずらがすぎましたかねェ」
 悲しくつぶやかれたその言葉は、の耳には届かない。






    
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