あなたに幸せを(後編)
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乱暴にチャイムの音が響き、はのろのろと立ち上がって玄関のドアを開けた。
「・・・・・・・・・・・・」
ドアの前に立っていた土方と、お互い無言で見つめあう。は何を言えばいいのか分からなくてうつむいた。そんなの手首を土方が強く掴み、はぎゅっと目を閉じた。
せっかく久しぶりに会ったのに、胸を支配するのはどうしようもない悲しみばかりだ。
「中に入るぞ」
土方は強引にの手を引っ張った。転びそうになりながら、はその背中を追いかける。部屋の中に入り、やっと手首が解放されたと思ったら、今度は無理やりキスをされていた。
「ト・・・っ、や、・・・・・・っ」
必死に抵抗して足掻くけれど、到底力では敵わない。壁際に身体ごと押し付けられ、出来ることはただその激しい口付けに応えると言う事だけだ。は手のひらをぎゅっと握った。脳裏に沖田の言葉が浮かび上がる。
他の女を想ったその手で私を触らないで!
「やだっ!」
の声と、鈍い音が室内に響いた。途端に土方の力が緩む。はその場に座り込み、目に涙を浮かべながら肩で息をした。
「・・・お、おまえなぁ」
頬を押さえながら、よろめく土方はを睨んだ。
「ぐーで殴ることはないんじゃねぇか?」
「だ、だって・・・、やだって言ったのに、と、トシ兄が・・・」
そのままは泣き出してしまった。土方が困惑しているのは分かる。それでも、どうすればいいのか分からなかった。
慰めることも触れることも出来ずに、途方に暮れた土方が煙草に火をつけた。この香り。自分だけのものだと思っていた。こんなときは特に、土方との年の差を感じてしまう。考えたくないと思えば思うほど、その現実を突きつけられる。
「・・・」
嘆息と共に、土方はの名前を呼び、泣き続けるの隣に座った。今はその声すら、を苦しめさせる。
「もう嫌だ・・・」
はつぶやいた。土方はの顔を覗き込んだ。めずらしく神妙な視線に、更にの涙は溢れる。
「もう疲れたよ・・・」
「・・・なんでだよ」
「あ、会いたいのに、会えないし・・・。せっかく会える日だって、トシ兄は、私のことより昔の女を大事にするし・・・」
呆然と吐き出すように言ってしまったから、ははっとなって土方を見た。酷いことを言った。は口許を押さえる。
「・・・」
「ち、違う・・・! 違うの、トシ兄、ご、ごめんなさい・・・」
一度言ってしまった言葉は戻らない。に後悔の念がどっと押し寄せた。
「・・・・・・」
小さくなって声さえも押し殺して泣くを、土方はぎゅっと抱きしめた。は目を大きく見開いた。
「、昔の女って、何だよ・・・?」
土方の声が振動として伝わり、心臓が跳ね上がりそうになった。はその肩に額を押し付けた。
「沖田さんに聞いたの。昔、好きだった女の人のお墓参りに行っているって・・・」
「・・・・・・あの野郎」
土方は低くつぶやいた後、もう一度の顔を見て、その髪に触れた。普段の彼からは想像できないほどの優しい手つきだ。
「ごめんな」
聞きたくない言葉だとは思った。謝罪は過ちの肯定だ。それでも、土方の揺れる瞳を見てしまったから、もう何も言えない。とことん彼に惚れているのは、のほうだ。
「・・・墓参りに行ったのは、本当だ。でも、昔の話だ。過去のことなんだよ。今は、だけだ」
言葉で言うのは簡単だ。納得することだって出来る。ももう子供じゃない。だけど、心が曇る。大好きな人に、自分の知らない過去があるだけで、心が千切れそうになる。全て、全て自分のわがままなのに。
「というか・・・」
トシ兄はそんなに気付いたのか、自嘲した。
「昔は、俺は自分の幸せって奴を捨てていたんだけどな。でも、今は幸せになりたいと思う。・・・おまえのせいだよ」
何度もの髪に触れる手が少し震えていた。は土方の緊張と動揺を見つけて、たまらないほどの幸福感と愛おしさを自覚した。あんなに怒っていたのに。あんなに嫉妬と絶望でいっぱいいっぱいになっていたのに。
「俺はこんな仕事だし、の言うとおり、いつも会えないし、寂しい思いばっかさせているよな・・・。でも、幸せになりたいって思ってしまったんだ。・・・最悪だ」
「・・・そんなこと、ないよ」
は土方の首に腕をまわして、出来るだけ強く抱きついた。出来るだけ心が繋がれるように。
自分の存在が土方ほどの男にそこまで影響力を与えたなんて思えない。それでも土方の低くて真剣な声を聞いていると惑わされてしまう。分かっていても幸せで、幸福の涙が流れる。
土方を幸せにしてあげたいと思った。昔の人なんて関係なくなってしまうほどに、自分の与えることの出来る幸福を、温もりを、全て委ねたいと思った。
「、もっとわがまま言ってくれ。今日みたいに泣かないでくれ。お願いだから」
土方はつぶやく。トシ兄もね、とは言った。
年の差がネックになることを知ったのなら、それをちゃんと理解しないといけないのだと思った。土方に過去があるのなら、それを受け入れなくちゃいけない。それが土方の隣にいるための義務なのかもしれない。
二人で得る幸せのために。
は赤くなった土方の頬に軽くキスをした。先ほど殴った頬。少し腫れていた。
「・・・殴ってごめんね」
の言葉に、土方は微笑み、言葉の代わりに優しいキスを返した。
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