始まりのあの夜(中編)
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つれてこられた建物の一階は、スナックのようだった。ただが働くような店とは違う。もっと大人で落ち着いている雰囲気が外に漂った。
銀時は慣れた足取りで二階への階段を登っていく。もそれに続いて銀時の背中を追った。
「銀サンが帰りましたよー」
妙な挨拶でブーツを脱ぎ捨てる。そのまま向こうへ消えていく気がして、が声を出した。
「あ、あの・・・」
「おう、入れや」
あまりにもあっさりと言うもんだから気兼ねしてしまう。だって同居人がどういう人か分からない。そんなことを思っていると、奥から声がした。
「銀さん、誰か来てるんですか・・・・・・、って、ちょっと誰連れて来てるんですか!?」
そこにいたのは、眼鏡をかけた純情そうな少年だった。明らかに自分の訪問を快く思われていないとの足がすくんだ。
「おいおい、こんな真夜中に叫ぶんじゃねーよ、新八ぃ。だからおまえはいつまで経っても眼鏡なんだよ」
「眼鏡はカンケーないだろォォォ!?」
一見真面目そうに見える彼も、やはり銀時と一緒に暮らしているだけあってどこかおかしい。はおずおずと口を開いた。
「あ、あの・・・、あたしやっぱり迷惑みたいなんで・・・」
「いいから上がれって」
銀時に手首を掴まれて、リビングに通された。
そこにはソファと、奥には机があった。
「あの・・・、坂田サン」
「何だよ、その他人行儀な呼び方」
「た、他人でしょ?」
「俺、苗字で呼ばれ慣れてないの」
拗ねたようにわがままな銀時に、はため息をついた。
「・・・銀さん?」
先ほどの少年と同じ呼び方をすると、やっと銀時は振り向いた。
「なんだよ」
「お仕事・・・、この家で何かお仕事されているんですか?」
「おまえ外の看板見なかったのかよ」
「真っ暗で見えるわけないでしょうが」
会話にならない。もどかしい思いを感じたときに他の声が響いた。
「銀ちゃんはプーアルよ」
大きな瞳で見つめられた。急に響いた可愛らしい声。はぎょっとしてその影を見つめた。
チャイナ服を着た十三、四歳くらいの女の子。
「神楽、まだおまえ起きてやがったのか? ガキはさっさと寝ろよ」
「女連れ込む天パに言われたくないアル」
可愛い顔をして彼女の言葉には毒が混じっている。
この突っ込みはお水の商売でもやっていけるんじゃねえの、とがこっそりと思っていたときに、横でその光景を見ていた少年がを見た。
「でも実際に銀さんがプーっていうのはあながち嘘でもないし、ココを出て行ったほうが身のためだと思いますけれど」
ため息混じりに言う彼の言い草に、ますます銀時という人間が分からない。だけど仕事柄多くの男と話すにとって見たら、銀時はそれほど無茶な人間に思えないのだ。
「ああ、」
チャイナ娘と口喧嘩をしていたのかと思っていたら、銀時が急にのほうを向いた。
不意打ちで、しかも呼び捨てをされて、はびくりと身を拒ませた。
「・・・何」
「風呂でも入って来いよ。化粧落ちてボロボロだぜ?」
「な・・・・・・」
は泣きたくなって少年を見た。
そういえばここはちゃんと明かりも付いているし、だからここでは自分がとても醜く見えるのかもしれないと思った。
「そうアル」
ふと可愛らしい声が響いた。
「私、神楽。お嬢サンの名前、というアルか?」
こんな年下の女の子にお嬢さんと呼ばれるのは妙な感じがしたが、嫌だとは思わない。は躊躇いがちに首を縦に振った。
「男は狼だってマミー言ってたネ。私が案内するアル。ゆっくりお風呂に入るヨロシ」
「え・・・、でも」
「私も銀ちゃんも新八も、チャンの泣き顔見たくないアルヨ」
「・・・・・・・・・・・・」
はもう跡しか残っていない頬に手を添えた。
もう一度銀時を見ると、早く行けと首で急かされた。
新八を見ると、仕方ないですねと微笑まれた。それも不意打ちで、更に泣きそうで。早く暖かい湯に浸かって全てを洗い流してしまいたいと思った。
「ありがとう・・・」
がつぶやくと、神楽が笑った。そして、その小さな手に自分の手を握られたとき、その温もりに驚いて、我慢できずに涙が一粒落ちた。
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