始まりのあの夜(後編)
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ゆっくりと温かいお湯に浸かると、自分の中に溜まっていた目に見えない汚れが浄化していく気がして、はため息をついた。ほっと胸を撫で下ろす。
自分は人間嫌いだと思っていた。だけど、実はそうでもないのかもしれない。ただ寂しかっただけなのかな。そう気付くと、なんて自分は臆病だったのだろうと情けなくなる。
「ちゃん、タオルここに置いておくアル」
風呂場のドアの向こう側で神楽の影が動いた。はありがとうと言い、その数分後にその柔らかいタオルで身体についた水滴を拭いた。
再び着ていた派手な着物を身につけるけれど、先ほどとは恐ろしいほどに気分が変わる。
「・・・あの、お風呂ありがとうございました」
タオルを持ってリビングに入ると、ソファの上で転がっている銀時がを見ないまま、あァ、と気の抜けた返事を投げた。たったそれだけのことでは居心地が悪くなる。やっぱり自分は厚かましいだけなのではないだろうかと不安が込み上げてきてたまらなくなるのだ。
「ジャンプを読んでいるときの銀ちゃんには何を言っても無駄アルよ」
そう思いに耽っていると、優しい声がかかった。
「お風呂、気持ちよかったアルか?」
「う、うん・・・、すごく。ありがとう」
「ちゃん、メイク落としたほうが可愛いネ。それに、髪の毛もまっすぐで綺麗アルね」
褒められることには仕事上慣れているけれど、こんな無垢な瞳を向けられるとどうしていいのか分からなくなる。照れくさくてはうつむいた。
「か、神楽ちゃん。あ、眼鏡の男の子は・・・?」
「新八アルか? 帰ったヨ」
「帰・・・った?」
「新八はアネゴと一緒に暮らしているアル。おっきい道場で格好いいネ」
「そう・・・・・」
神楽のカタコトの言葉に耳を傾けながら、は銀時に目を向けた。三秒後に目が合う。
「何だよ?」
「いや、別に・・・、何も」
「そうかァ? 何か訴えるようなあっつい眼差し感じたんですけど」
「き、気のせいでしょ!」
重苦しそうにソファで起き上がる銀時を直視できない。
「だいたい、おまえも俺と同類だって思っていたのに、裏切りかよ」
「・・・同類?」
「天パ同盟組もうと思っていたのにさァ・・・」
は眉をしかめる。
先ほどまでは、派手な髪型を解いただけのボサボサの頭で、ただ結んだときの癖が付いただけで、本来の愛華の髪は漆黒のストレートだ。
それだけのことに何故文句を言われなければならないのか。
「まァ、いいや。おまえが少しでも元気そうになってくれてよかったよ」
「・・・・・・」
不意な笑みに心臓を握りつぶされた感覚に陥った。
ほら、やっぱり銀時を見ることが出来ない。ただモサッとしたどうしようもない奴だと分かっているのに。顔を見れない。
代わりに涙が溢れた。
「ちゃん、どうしたアルか!?」
突っ立ったまま泣き出したを見て、神楽が背伸びをしての顔を覗き込んだ。
「ご、ごめんなさい・・・」
「銀ちゃんが嫌なこと言ったアルか?」
「ち、違う、そうじゃないよ・・・」
ただ、人間と本質的に関わったのは本当に久しぶりだったから。
人間の温もりに感動したのは初めてだったから。
自分はいつだって一人で大丈夫だなんて、強がっていたけれど、全然平気じゃなかった。
あたしはこれが欲しかったんだ。
駆け引きなしの、見返りすら必要のないこの優しさを切望していた。
「あ、あたしね、田舎から出てきて、江戸に慣れないし・・・、いつも一人で、優しくされたこと、なかったから・・・、すごく嬉しいんだよ」
「嬉しくて泣くアルか?」
泣くんだよ。返事の変わりには首を縦に振った。嬉しくて切ない気持ちが溢れてどうしようもなくなって泣いてしまうことがあるなんて、自身初めて知った。
「」
頭を掻きながら、銀時は立ち上がり、神楽の隣に立った。
「江戸だってな、悪い奴らばかりじゃねーよ」
「でも・・・あたし、もう一年働いているけれど、そういう人にはまだ誰にも会えなかったの」
「・・・そんならさ」
銀時はにっと笑った。
「俺たちが証明してやるよ。おまえは一人じゃないってな」
銀時の言葉に、神楽がそうアルと口を開く。
「、いつでもここに遊びに来るヨロシ」
神楽に手を握られ、はその温もりを感じながら銀時を見た。相変わらず眠そうな目を向けている。それはとても好印象とは思えないけれど。
でも、甘えたいと思ってしまった。
証明して欲しいと思った。
恋が始まりそうな予感のあの夜。
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