Pray(後編)
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新八に帰るように促したけれど、彼も頑として帰りたがらなかった。彼は彼で、銀時に慕っているのだ。当たり前だった。
神楽はソファに座るの隣で、のことを慰めていた。
「大丈夫アル。銀ちゃんがこのまま帰ってこないはずがないネ。アイツ社会適応力ゼロだから。馬鹿だから。がいないと生きていけないヨ」
神楽の言葉を聞いては呆然としたまま、ただ涙をこぼした。
午前三時。
いつもならとっくに眠くなっている時間帯なのに、目は冴えるばかりで、心臓は痛いほどに鳴り響く。
分かっていたつもりになっていたんだ。は思う。
銀時がうなされるその意味も、理解しているつもりだった。でも全然分かっていなかった。銀時がどれだけの痛みを抱えているのか、どれだけの傷を背負っているのか、そして今どのような瞳で過去を見つめているのか。
それを分かろうとする努力もしていなかった。
自分の傷でいっぱいいっぱいで、いつだっては銀時に甘えてばかりで。
でも銀時を守りたいと思ったのは本当で、真実だ。
所詮、と銀時は赤の他人で、痛みを共有したいだとかそんなキレイゴトは成り立たない。どんなに頑張ったって、は銀時の痛みを百パーセント知ることなんて出来るわけがないのだし。
それでも、傍にいたい。傍にいることで、それらが少しでも和らぐなら、利用されたっていい。傍にいるだけで駄目なら、話だって聞くし、弱音だって吐いていい。
そうやって少しずつ近づいて、は銀時の唯一の人間になりたいのだ。銀時の涙に触れることの出来る、ただ一人の特別な人間に。
物音で目を覚ました。
気付けば部屋は暗くなっていて、新八は床で寝転がり、神楽はの隣でソファの背に身を預けて眠っていた。もいつの間にか眠っていたようだった。変な姿勢で浅い睡眠をとってしまったせいか、頭痛がする。
また奥のほうで物音がする。はゆっくりと立ち上がった。そして和室を開けると、
「・・・銀時」
窓際に銀時が立っていた。
「ば、馬鹿! 今までどこに行っていたのよ・・・。人に行き先も告げず、心配かけるんじゃねえよ!!」
居間では二人が眠っている。は小さく叫び、窓の外を見つめる銀時に駆け寄った。両手で銀時を叩こうとして・・・、その手で銀時の胸にしがみつく。
「い、いなくならないで・・・。どれだけ心配したと思っているの・・・」
「・・・」
銀時はやっとのほうを向いて、の髪に触れた。発された声は掠れていて、聞き取りづらかったけれど、でもこの温もりがあればどうでもよかった。
「・・・あのままの隣にいたら、泣かせるような気がしたから。悪い夢、見させちまったり、怯えさせたり・・・」
取り返しがつかないことになると銀時はつぶやく。
は両手をいっぱいに広げて、銀時を抱きしめた。
「馬鹿ね・・・、あたしが泣くときは、銀時がいなくなるときだけよ。銀時が傍にいるのなら、悪い夢を見たっていい。そんなときに銀時がいてくれるなら、あたしはそれだけで強くなれるのよ」
思い切り力を込めて抱きしめると、銀時もを抱きしめ返した。その手が震えていることをは感じ取る。
「何をそんなに怯えているの?」
下から銀時の顔を覗き込むと、迷いで揺らいだ瞳がを見つめ返した。
「・・・・・・さぁ、なんだろうな」
「ねぇ、銀時が悪夢に襲われたら、いつでもあたしを頼って? もっと頼って・・・?」
まっすぐにに見つめられ、銀時はやっと少し笑った。そして返事の代わりにその唇に触れる程度の口づけを落とす。
一日原付で遠いところまで走って、恐怖から逃れようとしたけれど無駄だったと気付く。全てはがいるからこそ救われているのだ。
がいるから、ひとりじゃないって信じられる。こんな感覚は生まれて初めてなのかもしれない。
どんなに近づいても他人ではあるけれど、信じることでこの胸が少しでも温かくなるのなら。
が傍にいてくれるというのなら。
凍りつくほどのこの記憶と悪夢に襲われても、負けたくないと思う。
そして、の温もりに触れてこみ上がる感情が何だったのか、今になって銀時は再び知るのだ。
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