乙女のピアス


 バレンタインから一ヶ月。奏と付き合うようになってホワイトデーを迎えるのは初めてだったりする。
 去年のバレンタインは一方的で、ホワイトデーを待つこともなく卒業式にあたしは一度奏に別れを告げたからだ。だけど、今年は違う。
 期末試験が終わり、あと少しで春休みだという三月十四日。奏からのメールの指示通りあたしはいつもの待ち合わせ場所に向かった。


「はい、コレ」
 時間通りに奏は現れて、挨拶もそこそこに小さな箱をあたしに渡した。あまりにも感慨がなくて、雰囲気を作れないこの男にあたしは笑ってしまった。
「何笑ってんだ?」
「ううん、何でもない。・・・ありがとね」
 遠慮なくその箱を受け取る。クリスマスやバレンタインは普通にかなり奏と密接できたのに、この違いは何だろう。そう思う自分が恥ずかしくなって、あたしは顔を赤らめた。
 奏に触れたいと思ってしまった。
 箱を鞄の中に入れて、いつものように駅前の楽器店で遊んで、あたしたちはファーストフード店に入った。
「ねえ、これ開けていい?」
 ハンバーガーを食べ終わったとき、あたしは奏に訊ねてみた。奏は気難しい顔でうなずく。今のあたしには分かる。これは照れているときの顔だ。面白くなって、もどかしいくらいわざとゆっくりその小さな箱にラッピングされた包装紙を丁寧に剥がした。セロハンテープも繊維に沿ってゆっくりと、紙ひとつ傷つけないように。あまりに時間をかけてやっていたせいで、奏は荒々しくため息をついた。
「おまえなぁ・・・、早く開けろよ」
「だって何が入っているのかワクワクドキドキしながら開けたっていいじゃない?」
「そんな乙女じゃねぇだろ、おまえは・・・」
 深々と奏がそんなことをいうものだから、私はむっとして、こうなったら絶対きれいに剥がしてやるってやけにやって、やっと小箱を取り出した。そこで奏を盗み見ている。つまらなさそうにあたしを見ている。なんなの、一体。普通プレゼントをあげた相手が、しかも仮にも恋人が、そのプレゼントを開けるときはあげるほうだってドキドキするものだとあたしは思う。ちょうど一ヶ月前のバレンタインのときがそうだったように(チョコレートの件は別として、曲をプレゼントをしたときにあたしが奏の前でピアノを弾いたときは本当にドキドキしたのだ)。
 もどかしいのはあたしも同じだ。やっとの思いでその小箱を開けると、中には小さな光が二つ。
「・・・・・・・・奏」
「なんだよ?」
「これって・・・」
 あたしはその二つを手のひらに転がしてみた。星が窓から差し込んでくる太陽によって光っている。本来、人間の視覚的には星と太陽は同じ場所を共有することなんてないし、ましてや星は月じゃない。自分自身の力で光るはずなのに、なんだか変な組み合わせだ。そんなことを考えた。
「これって、・・・ピアス?」
「見りゃ分かるだろ?」
「あたし、空けてないんだけど」
「前、空けたいって言っていただろ。これを機会に空けちまいなよ」
 椅子に浅く座って両手をポケットに突っ込んでつぶやく奏はかなり感じが悪い。あたしの手のひらの中で星が転がって、それを見つめているうちになんだか胸の中がじんわりと温かくなった。
 そんな高いものでもないと思う。せいぜい二千円弱。恋人が恋人に送るための、本格的なアクセサリーのショップで手に入れるようなものではなくて、若い女の子たちで賑わうアクセサリーショップできっと買ったんだろう。そういえば、この包み紙のロゴには見覚えがある。女だらけの店で、奏は恥ずかしいながらもそこに入って、買ってくれたんだ。
 プレゼントなんてたいしたものじゃないと思っていた。大切なのは心で、気持ちで、プレゼントというのはそのオマケみたいなものだと思っていた。だけど実際にもらって知った。もらえると分かっていても、本当に嬉しい。奏がこれを選んでくれたとき、あたしを考えてくれたのだろう。それを思うだけで、胸が締め付けられるような嬉しさがこみ上げてきて、公衆の面前じゃなかったらキスしたいなぁって思った。
 貪欲になっている自分が嫌だ。会うだけで、話すだけで、手を繋ぐだけで、最高に幸せだったはずなのに。


 ファーストフード店を出たあと、あたしは奏を連れてアクセサリーショップに行った。返品するためではない。値段を確かめるわけでもない。ただピアッサーが欲しいのだ。
「おまえ馬鹿? せめて病院で開けろよ!」
「嫌だ。だってお金かかるじゃん」
「怖いだろ? 身体の一部に不自然な穴を空けるんだぜ?」
「ピアスホール空けろって言ったの、奏じゃん」
「そんな気安いモンがこの世にあるなんて思わなかったんだよ! みんな病院で空けているのかと思った」
「あたしのお姉ちゃんもピアッサーだよ。大丈夫。家に帰ったらお母さんにやってもらうから」
「好き好んで自分の娘に傷つける親、いるのか!?」
「だからウチのお母さん、喜んでお姉ちゃんの耳に空けてたよ? お母さんエスだから」
「・・・おまえ、何言ってるの?」
 奏にもらった箱を鞄に入れているあたしは、思っていたよりもテンションが上がっている。この嬉しい気持ち、どうやったら伝わるだろう。ピアッサーを買って混み合っている店を出たあと、奏は空を見上げた。
 店の中はいつも異常に人が多くて、カップルもいた。やっぱりホワイトデー効果だろうか。ホワイトデーには下着を贈る男もいるって聞いたことあるけど、そんなのじゃなくてよかったなぁなんて馬鹿らしいことを考えた。奏は意外と純情なので、そんなこと出来ないだろうし考えもつかないだろうけれど。これではどっちが乙女なのか分からない。
「来年はさ・・・」
 青い空を見上げながら奏はつぶやいた。
「おそろいの物、つけようか」
 あたしはその言葉をよく理解できずに、首をかしげる。
「・・・おそろいの物?」
「そのピアス買いに行ったときにさ、カップルがたくさんいて、お揃いのネックレスとか指輪とか、選んでて・・・。優も一緒に行けばよかったかなってちょっと思ったんだけど・・・、それってどう?」
 店の前の、通行の邪魔にならない場所であたしたちは立っていて、あたしは控えめにつぶやく奏を見上げた。また視線を上げる角度が変わったと気付く。背が高くなっているのは奏のほうだ。座っているときにはあまり感じないのに、足が伸びているのかな。癪に障るけど、格好いいな。
 それってどう?って。感激しちゃうくらい嬉しいよ。あたしとおそろいのアクセサリー、実現はしなくても奏が一瞬でも考えてくれたことが、とても嬉しい。
 人間との付き合いって、こんな単純なことでよかったんだと思えるくらいに。
「もちろん大歓迎だよ」
 あたしが奏の目を捕らえて言うと、奏は微笑んだ。
 この幸せをどうやったら伝えられるだろう。どうやって返せるだろう。奏も同じ気持ちを感じてくれているといい。おそろいにしたいのはアクセサリーだけじゃなくて、気持ちもだった。
 あたしはあんな失敗したチョコレートと、金もかかっていない曲しかあげていないことを密かに後悔した。それを口にすれば奏は否定するだろうから何も言わないけれど、来年はショップを回ってみようと思った。アクセサリーでもいいし、服でもいい。奏に似合うものをこれから付き合っていくなかで見つけて、選ぶのも楽しいのかもしれない。
 やっぱりキスしたいな。奏にも触れたいと思う。まだ空気は冷たくて、温もりが欲しい。でも手を上げて奏の首に回すことはやっぱり躊躇われたので、そのまま奏に近づいて、ちょうどあたしの唇の高さにある鎖骨にキスをした。これなら通行人にバレない。・・・怪しい人には見えてしまうかもしれないけれど。
「・・・何やってんの」
 その声は少しかすれていて、それを無理やり冷静を繕っていることが分かった。あたしは奏を見上げた。その顔は少し赤い。
「ピアスのお礼」
「・・・おまえって本当、乙女じゃないよなぁ」
 こんなの乙女のすることじゃないよ。奏は何でもないことのように笑う。あたしもつられて笑った。でも、あたしは乙女なんだよ。素直じゃないし、自分の気持ちも正直に言えないし、もしかしたらちゃんと言葉で好きだって言ったこともないかもしれない。それでもあたしは恋する乙女なのだ。
 家に帰ったらピアッサーでピアスホールを空けよう。すぐには奏からもらったピアスは付けること出来ないけれど、この星型ピアスを付ければ、少しは乙女になれる気がした。
 太陽の光を受けて輝く星。
 そしてあたし自身も輝こう。


 
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