新しい生活に慣れた五月。 あたしは毎週のように行われる模試に追われ、薫に会えない日々が続いていた。急激に上昇する気温と忙しさのせいであたしの気分は最悪だ。 そのうえ、今日は調査票に志望校を書いて提出しなければならない。今日が締め切りなのにもかかわらず、あたしの用紙は真っ白だ。あたしは机に伏せて、教室内の喧騒から逃げるように耳を塞いだ。 全国模試を受けていれば自分の成績が見えてくる。あたしは本当に志望する大学に行けるのだろうか。自信がなくて書くことができない。残された時間は長すぎて、それでも一年後を想像できないのは苦しくてつらい。 呼吸も出来ないくらい苦しくなったとき、あたしは薫に会いたいと思う。でもきっと、今のあたしは薫に会わないほうがいい。この最悪な気分のせいで、罪もない薫を傷つけてしまいそうだから。 そんなとき、あたしの制服のスカートの中のポケットのなかで、携帯電話が鳴った。
「会うの久しぶりだよね」 学校帰りに、途中の公園のベンチであたしと薫は座って話した。 「朱美ちゃん、少し痩せた?駄目だよ、無理したら」 「・・・だって、高二のときよりあきらかに成績が落ちたんだよ?」 「それでも健康が一番大事だろ?」 春休みの頃と全く様子が変わらない薫に少しイライラする。ああ、やっぱり会うべきではなかった。 「薫には分からないよ。この、何もかもが嫌になってどこか遠くへ行きたくなる気持ち」 「そうだね。俺は年下だし、朱美ちゃんより人生経験は乏しいよ」 本当はあたしの酷い言葉にすごく傷ついているくせに、平気なふりをして薫はあたしを見る。 「でも朱美ちゃんには俺がいるよ」 「薫に何が出来るの」 言ってしまった。本当はこんなこと思ってもいない。あたしには薫がいるって言葉はとても嬉しかったんだ。ただ傍にいてくれればそれでいいの。 なのにどうしてあたしは心にもない科白で薫を傷つけてしまうのだろう。 あたしは薫の顔を見ることも出来なくなって俯いていると、耳元で薫は言った。 「抱きしめてやる」 急な科白に驚いて、あたしは顔を上げて隣の薫の顔をまじまじと見つめてしまった。薫の綺麗な瞳から目が離せない。 「この両手いっぱいに広げて朱美ちゃんを受け止めるし、抱きしめてやれるよ」 「・・・・・・・・・・・・薫のくせに、ずいぶん生意気なことを言えちゃうのね」 いつもなら絶対に薫の口から聞かない言葉に衝撃を受けて、本当は翻弄されるほど嬉しいくせにあたしは上手く動かない唇でひねくれたことしか言えない。それを見透かしたように薫は微笑して、あたしに顔を近づけた。 「だって俺は男だよ?」 そして交わしたのは、お約束のストロベリーキス。
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