真夏の太陽 |
あたしはタケガワ・ナツという名前で、この夏でハタチになる。もちろん日本人である両親から生まれたので名前には漢字を持つが、ここでは必要ないので省略をする。 家を出て専門学校に通うあたしは、就活で忙しかったけれど都内にある実家に帰ることにした。地元が東京だと言うと、みんな口をそろえたように「都会っ子だねぇ」と言うけれど、別に東京都内全てが都会というわけではない。 東京駅で新幹線を降りて、在来線のホームで電車を、太陽の陰に見覚えのある後姿に出会った。 高校生の頃、気になる女の子がいた。特別仲がよかったわけではないけれど、なんとなくあたしは目で追ってしまった。 休憩時間になっても特に他の女と群れることもなく、だからと言って男子グループに混ざりこんで媚を売る女でもない。ぼんやりと空を見つめると思ったら、ふと強い眼差しで立ち上がり、廊下に出る。 授業中もぼんやりと窓の外を見つめているのかと思いきや、当てられたら的確に答える。妙なアンバランスさを持っていた子だった。 彼女に年上の彼氏がいると聞いたのは、高校三年生の秋ごろだった。今となっては年上だろうと年下だろうと関係ない話だが、高校生の頃のあたしたちにとっては高校を卒業した男と付き合うというのはある意味スキャンダラスなことだった。しかも、大人しい彼女のことだ。そのギャップにその噂を聞いた者は皆驚いたことだろうと思う。 あたしも驚いた。それと同時に納得をした気分と裏切られた想いに包まれた。 彼女は、あたしの理想だったから。 「タケガワさん?」 電車を待ちながら高校の頃のことを思い出していると、ふと後ろから声がかかった。数回しか聞いたことない澄んだ声。でも絶対忘れてなんかいない。 彼女の名前は、榎木遥という。 「タケガワさんだよね? あっ・・・、私のこと、覚えている?」 「う、ん・・・」 覚えていないわけないじゃないか。そうも言えずにあたしは唇を震わせた。高校の頃に憧れた彼女がここにいる。 「久しぶりだね。元気だった?」 彼女の笑顔は教室では見ることのなかったもので、あたしは戸惑ったけれど、今度はすぐに声が出た。 「う、うん・・・、元気。榎木さん、よくあたしのこと分かったね」 「分かるよ。大人っぽくなったなぁって思うけど、すごい懐かしい感じ、したから」 でもやっぱりゆっくりとしたテンポの喋り方だとか、落ち着いた声があの頃と変わらなくて、あたしはやっと落ち着きを取り戻した。 「榎木さんも大人っぽくなったよ」 「そうかな・・・」 照れたように目を伏せて笑う。相変わらず可愛い子だなと思う。とは言ってもあたしより背も高いし、大人っぽい雰囲気を醸し出す今ではそんな子供じみた言葉は似合わないような気もしたけれど。 「タケガワさんは・・・、大学行っているんだったっけ?」 「ううん、専門。榎木さんは?」 「私はフリーターですよ。高校の頃にやっていたバイトを続けているの」 彼女のその言葉を聞いて、ふと思い出した。高校の頃に付き合い始めた彼氏は、バイト先で知り合ったのだとどこかで聞いたことがあった。 「・・・彼氏とは続いているの?」 ふとそんな言葉が出て、あたし自身が驚いた。彼女も目を見開いてあたしを見ている。当たり前だった。たいして仲良くもなかったくせに、いきなり何を聞いているというのだ、あたしは。 そんなとき、妙なタイミングで電車が入ってきて、あたしたちは並んで電車に乗った。あたしは重いボストンバッグを持ち直した。車内は混んでいたけれど、ドアの傍でゆっくりと立つスペースはあった。 「・・・彼氏って・・・、よくそんなこと知っているね・・・?」 電車が動き始めて三十秒くらい経ったとき、彼女は小さくつぶやいた。 「えっ・・・、う、うん・・・。高校のとき、噂聞いたから」 「噂・・・?」 「榎木さん、自覚ないのかもしれないけど、目立っていたんだよ」 怪訝な顔をする彼女にそう教えると、ますます眉をひそめた。やっぱり自覚はなかったんだな。嘆息をしたあと、彼女はあたしを見た。 「別れたよ」 「え?」 「高校のときに付き合い始めた彼氏ね、別れたよ。今も仲いいけどね」 「・・・・・・・・・・・・」 あたしはその言葉に肩を落とす。彼女はあたしの憧れで、あたしの理想だった。何もかも完璧に見えたのに、暗い影を見つけてしまった気がした。 「あ、でも、大丈夫。今も大事な人、いるし」 笑顔を作って、何でもないことのように彼女は笑った。少し無理のある笑顔で、心が痛んだ。 高校の頃、あたしにとって彼女はとても眩しい存在だった。ごく普通の女の子。だけど、それすら魅せるその存在感。 そして、噂が流れ出してから彼女はとても幸せそうだった。相変わらず口数は少なかったし、人と群れることもなかったけれど、あたしには分かってしまった。 ずっと幸せだといいのに。 あたしにもその幸せを分けてもらえたらいいのに。 そんな思いも虚しく、あたしたちは卒業して一年半も会うこともなかったし、彼女があたしを覚えているなんて思わなかったけれど。 でも、時間は流れ、情況は変化する。そんなごく自然で当然なことにあたしはショックを受けていた。 電車が揺れ、窓から眩しい西日が差し込む。車内をオレンジ色に染める。もうすぐ日が沈む。六月の夏至から一ヶ月。日が沈むのが日に日に早くなっていく。 「タケガワさんは?」 「えっ?」 「彼氏、いるの?」 恋バナが似合わない彼女にそう訊かれ、戸惑った。 なんとなく、恥ずかしい気がした。喧嘩別れしたままあたしは生まれ育った町へと帰ってきてしまった。あれから連絡もとっていない。 「・・・いる、けど」 「いるんだ? どんな人?」 さらに訊かれる。これは彼女の意地悪なのだと感づいた。現に彼女は見たこともないほどの悪戯な笑みを浮かべている。こんな笑い方も出来る人だったんだなと思考回路とは離れたところで考える。 「ガッコの後輩・・・・・・、似合わないでしょ?」 「えっ、なんで?」 「だって・・・」 甘えたがりなあたしは、誰にだって笑われる。やっていけるの? って言われる。今回の喧嘩だって、あたしの甘えから生じたもの。分かっているよ、そんなこと。 でも好きなのだ。年上とか、年下とか、関係なく、ただ好きだっていう気持ちがあって付き合っているだけなのに。 あの頃のあたしは、年上と付き合っているという彼女を憧れもしたし、まるで珍しいものを見ているかのようにも振舞っていたのかもしれないと今更気付く。 「そんなことないよ。好きなんでしょ?」 「・・・・・・ウン」 「だったら関係ないよ。好きになったら駄目な人なんて、いないんだし」 それに、と彼女は付け加えた。 「私の彼氏も年下なんだ」 「え、そうなの!?」 「うん」 少し頬を染めて言う彼女は、今までのどんなときよりも彼女らしかった。一番の笑顔に見えた。 前は年上と付き合っていた彼女は、今度は年下と付き合って、でもそんなことは関係なくただあたしと同じ気持ちを抱えているんだと思うと嬉しかった。今までもどかしかった距離が近づいたみたいで。 電車が揺れる。スピードが落ちる。太陽はさらに低くなり、あたしは目を細めた。 「榎木さん」 ふと呼ぶと、笑顔であたしを見た。 「・・・何?」 「いま、幸せ?」 あたしの質問に、彼女は少し考えたようだった。そして、再びあたしの目を見て、笑う。 「これからも、幸せ」 彼女はそう答え、あたしはただ彼女を見つめることしか出来なかった。 今日、家に帰ったら彼に連絡してみよう。そして素直に謝って、伝えたいことを伝えよう。今まで意地を張っていたくせに、そう思えた。 あたしが降りようとする駅が近づいてくる気配を感じ、あたしは流れる景色を見た。 彼女の幸せはあたしに伝染する。真夏の太陽は、明日もあたしたちを照らすだろう。 |
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