眠り


 睡眠は人間にとって必要不可欠であるものだけれど、取りすぎるのもどうかと思う。
 私が眠り続けて二週間。そろそろ限界だ。それでも眠くて眠くて仕方がないのだ。食べることよりも何よりも眠ることが最優先で、私はベッドの中に棲みついている。
 浅い眠りの中で、私は寝返りを打った。うっすら目を開ける。今何時だろうか。外が暗いことは判断できるけれど、それ以外分からない。だけどそれでもいい。私はこうしてまた再び眠りにつく。


 突然襲ってきた空白。
 それまで二人の部屋を収めていたこの空間も、密度は倍になり、私は寂しくて毛布に顔をうずめて泣いた。
「すぐに帰ってくるから、待っていられるだろ?」
 出張だとアノヒトは言うけれど、待っていられない。今まで一分たりとも離したくなかったアノヒトに、何週間も会えないなんて耐えられない。
 私はそう言ったのに。アノヒトは困った顔をして、私の頭を撫でて出て行った。行き先がどこかなんて知らない。知りたくもなかった。
 それから私は魂の抜けた人形のように、何の意欲もなくなり、何のやる気も失せてしまった。会社に行かなくては。そう思っても身体が動かない。買い物に行ってご飯作らなきゃ。掃除しなきゃ。洗濯しなきゃ。頭では分かっていても、起き上がることが出来ないのだ。
 これが病気だったらいいと私は思った。そしたら、誰だってこんな私を哀れんでくれる。でも現実は違う。これは私の怠慢だ。そんなこと私が一番よく分かっている。
 だけど、寂しくて寂しくてたまらない。私は頬に涙が伝ってシーツを濡らしていくのを自覚しながら、再び意識を手放す。


 ふと目を覚ました。
 空気の感覚をいつもと違うように捕らえた。私は瞬きをする。そして、枕元に置いてある目覚まし時計を数日振りに眺めた。午後四時三八分。私はなまった身体を無理やり起こした。
 どうしたことだろう。なぜか私の身体の中に力がみなぎる。多少頭痛のする頭に気付かないふりをして、私は立ち上がってカーテンを開けた。夕焼けが眩しい。私は目を細める。
 そして、溜まった洗濯物を洗濯機に入れ、窓を開けて、掃除機をかけた。ちゃんと髪もとかして軽くメイクもして、夕飯の支度をするために買い物に行った。久しぶりの外の世界。まるで何もなかったように動いている。時間に取り残されたのは私だけだったようだ。
 急いで家に帰って、夕飯を作る。部屋中に漂う香り。他に何かやり忘れていないか考えたとき。

 チャイムが鳴った。

 私は慌てて玄関の扉を開けた。

 ―――オカエリナサイ。


 睡眠は時に人の心に安らぎを与え、時にその心を惑わす。現実逃避という、狭く虚しい世界を私の心に植えつけるように。

 
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