anniversary |
腕時計を何度も見てはため息をつく。約束の時間からもう一時間が経とうとしている。 周囲のざわめきと、そこらじゅうに飾りつけられた電飾の眩い光に包まれて、冷たい木のベンチに座っていた。 約束の時間を指定したのは私だ。向こうは「少し遅れるかもしれない」と言っていたけど、いざ遅れられると多少むっとする。 ため息が光に彩られて色付く。まだクリスマスにはひと月以上もあるというのに、街はすっかりその雰囲気を先取りしているようだ。 凍えそうになる体を庇うように、コートのポケットに手を入れて前かがみになった。目の前を横切っていく仲の良いカップルを一瞥すると、再び腕時計に目をやる。 「さむっ」 さっきから漏れてくるのはため息とこの台詞ばかり。たった一時間しか待っていないのに、もう丸一日くらい待っているような気分だ。 去年までは学生だったので、お互い会いたくなったら夜中でも相手の家まで自転車で向かったりしていた。けれども今はそれをするのもためらわれる。 いつも疲れた顔をして私の話に相槌を打つばかりの寡黙な人は、時折窓の外を眺めながら何かを考え込んでいるようだった。沈黙を恐れる私はただひたすら意味のない言葉を捲くし立てるばかり。 それでも今日は付き合い始めてから一年が経った大事な日。向こうが覚えているかは別として、いつまでも待っていたかった。 今どこに居るのか電話をして聞きたいのを我慢する。冷たくなった手をポケットの中で握りしめて、ぼんやりと周囲の景色を眺めた。 さらに一時間が経過した。 もしかしたら約束を忘れてしまったのだろうか。時計の針はもう22時を差している。 仕事で疲れた体が勝手に傾きそうになるのを必死で堪えて、おまけに閉じかけている瞼も懸命に押し上げる。連絡が来ていないだろうかと携帯を取り出してみるものの、誰からの着信もない。 感覚を失ってしまった足を揺らしながら空を見上げた。星空と見間違いそうなくらい頭上に並ぶ光達。祈るように見詰めていると、影が落ちる。 「ごめん、遅くなった」 思わず「あ」と小さな声が漏れた。覗き込む彼の顔を見つけると、自然と口元が綻ぶのがわかる。 「寒かったろ」 寒さでうまく唇が動かない。かろうじて首を横に振ると、彼の手がそっと両頬に伸びてきた。感覚を失っていた頬が突然の熱に驚きの声を上げる。かっと熱くなった頬に触れた彼は「冷たい」と小さく悲鳴を漏らした。 とりあえずあったかい所に、と言われて立ち上がろうとしたけれど、どうやら長い時間座っていたせいで体がすっかりくっついてしまったみたいだ。なかなか思うように動いてくれない。 「何か、根っこが生えたみたい」 苦笑交じりに言うと、彼が腕を掴んで引っこ抜いてくれた。身を預けていたので、そのまま勢い余って向こうのコートにぶつかってしまう。 「あったかい」 すっかり冷え切った体を寄せると、ごめんねと呟きながら抱きしめられた。人前でこういうことをするのを極端に恥ずかしがる彼なので、戸惑いがちな両腕。背中の辺りがくすぐったい気分だ。 「えっと、あの……さ」 「うん」 「人の視線を感じる気がするんだけど、大丈夫かな」 「うん」 「少しはあったまった?」 「うーん、もうちょっと」 彼は落ち着きない様子でぎこちなく両手を解きかける。どうやら本当に誰かの視線が気になるらしい。仕方がないので小さく頷いてから離れてあげた。 「ねぇ、今日が何の日か知ってる?」 「え?」 しばらく考えたのち、彼は自信なさそうに呟く。 「勤労感謝の日?」 「……それこの間終わったよ」 「そうだっけ」 ちょっとショック。 忙しくてそれどころじゃなかったんだろうけど、続く言葉が「大安?」って真面目に答える気あるんだろうか。けれど実際に今日が大安なのは本当。 すっかり落ち込んだ心を引きずりながら遅い夕食を取りに向かう。どこに行こうかと聞かれて「どこでもいい」とふて腐れ気味に答えた。 「もしかして遅れたことまだ怒ってる?」 「そういうわけじゃないけど」 むしろ問題なのはその後。 しかもどこでもいいって答えたら「じゃあうちに行こうか」なんて言うんだから、本当に覚えてないとみた。 やっぱりこういうのを楽しみにしてるのって、私だけだったのかな。 彼の家に着くと、玄関でブーツを脱ぐのに手間取った。その間に暖房のスイッチを入れておくと言って彼は先に進んでいく。 まあ、場所はどこでも一緒に過ごせるならそれでいいか。 そんなことを考えながらしびれるつま先をそっと伸ばした。玄関から短い廊下を進み、リビングへ繋がる扉を開いた。 「あ、れ?」 私はドアを開いたままの格好で呆然と立ち尽くす。するとその様子を認めた彼が嬉しそうに笑った。 「去年言ってただろ? 一年後も付き合ってたら、ここで一緒に飯食いたいってさ」 記憶を辿ってみる。まだのんびり過ごしていた一年前、確か二人でお昼までベッドに潜ってごろごろしていた時だと思う。 冗談交じりで言ったことを向こうが覚えていたのにひどく驚いた。 「料理って普段からあんまり作んないからやたら時間かかって」 見た目は少々不格好な料理が所狭しとローテーブルに並んでいる。 「こっちに来なよ」 突っ立ったままの私の元へやって来て、彼は肩をそっと押す。 「泣いてないから」 突っ込まれる前にうっかり滲んだ涙を拭う。向こうは笑みを零してキッチンへ向かう。 ようやく暖まってきた部屋。テーブルの前に座ると、唇を引き結んでコートのボタンに手をかけた。そこへワインを持った彼が戻って来る。 「準備万端だろ?」 「むかつくくらいね」 凍えていた体はすっかり温まり、流れ落ちた涙は熱いとすら感じる。 向かい合って座った彼を真っ直ぐに見詰めた。向こうは苦笑している。きっと柄にもなく涙なんか流してしまったから。 「じゃあ来年はそっちが何か考えておくように。いい?」 嬉し涙でぼやけた視界の向こうに居る人に微笑みかけると、また一粒零れた。 読み終わった瞬間、あまーい気持ちに包まれました。こんなのも書かれるんですね^^ これは、一周年の記念にいただいた作品です。 私が軽く「クリスマス何が欲しいー??」と訊いたところ(←微妙に状況は違う)、逆に「一周年記念に用意してあるよw」と言われ(←妄想に近い)、先にいただくことになってしまいました・・・m(__)m 実際はもっと丁寧にいただきまして、本当に恐縮です。 魔々さんとメル友になって一年以上過ぎていることにも驚き☆ こんな私と仲良くしてくださり、ありがとうございます!! これからもよろしくお願いいたします^^ from『ARUGURU』様 |
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