赤いコート


 ふと気付いたときに、視界に鮮やかな赤が写った。かすかに安心する、この香り。
 目をこすり、起き上がった。見覚えのある赤いコートがかけてあったのだ。
 そういえばあたしはいつの間に寝てしまったのだろう。
 リビングのソファー。座ったまま眠るなんて、最近徹夜で作業していたからかな、とあたしはあくびをして、何気なく隣を見て仰天する。
 金色のみつあみを垂らしたまま眠る幼馴染がいたなんて。半袖から出た、程よく引き締まった左腕と、機械鎧の右手。あたしは慌てて自分にかけてあったコートを手にとった。
 エドにそれをかけてあげる。持ち物を返すかのように。
 きっと、あたしが無防備で眠っていたからエドはかけてくれたんだろうけれど、外は肌寒い、エドが風邪をひいたら元も子もない。これからまた旅に出かけるというのに。
 あたしはエドの顔を覗き込んだ。普段こんなに近くで見たことなんてない。意外と睫毛が長い。いつもは金色の瞳が人を貫いているように感じるから、こうして目を閉じている姿は起きているときと雰囲気が違う。あたしはエドの瞳も好きだけれど、こうして無防備に眠っている姿もなんだか安心する。
 アルの言葉を思い出す。眠ることさえ出来ないアルは、嫌なことばかり考えると嘆いていた。だけど、エド、あんたはこうして眠れるんだから、せめて今だけは幸せな夢を見て?
 余計なおせっかいだと分かっていても、願わずにはいられない。
 外からはデンの鳴き声と、それをあやすアルの声。アルは弟のくせにエドよりも面倒見がいいと思う。というか、エドがいつまでたっても子供なのかもしれないけれど。
 規則正しい寝息。それを聴くだけで、胸が詰まりそうになる。この気持ちはなんだろう?不安、とも呼べる。また出て行くんでしょ、なんて、言ってはいけない言葉。あたしの望みとは裏腹に、数日後には笑って行ってらっしゃいって言うんだわ。
「・・・・・・・・・リィ」
 ふとエドの口が動いた。あたしは目を瞠ってエドを見つめた。
「ウィンリィ・・・?」
 今度ははっきりと聞こえた。あたしの名前。眠っているのに、夢の中でエドは何を見ているのだろう?知りたい、知りたくない。双方の気持ちが交差する。
 どうして名前を呼ばれる瞬間はこんなにも切ないのだろう。あたしはエドにかかったコートの端をぎゅっと掴んだ。
「・・・・・・あたしはここにいるわよ」
 少し強気になってつぶやいてみる。
 ずっとここにいるから、出来るだけ長い時間幸せな夢をあなたに。そして、現実でも、あたしはずっと待っているからね。



×××



 リビングに入ると、なんとも無防備な格好で眠っているウィンリィを見つけてオレはため息をついた。
 というか。なんというか。
 もっと警戒しろよ!女だろ!?とこういうときばかり彼女に女を感じてしまう自分も始末が悪い。
 普段はスパナ振り回すし、そこら辺の男より男らしいのに、こうしてみると、彼女そのものが自分とは違う生き物な気がしてくる。
 開いた窓からは肌寒い風が舞い込んでくる。オレは慌てて窓を閉めた。そして、再び嘆息する。何をやっているのだ、オレは・・・。
 そんな思いとは反対に、オレは着ていたコートを脱いでウィンリィの身体にかけた。出来るだけ目を背けて、まるで隠すかのように。
 だいたい、こんな気温で腹出した服を着たまま寝る馬鹿がどこにいるんだよ。
 ウィンリィから逃げるように、それでも彼女を一人この部屋に残すのも気がかりで、オレはウィンリィ眠る隣に座った。それにしてもコイツ、よくこんな体制で爆睡できるよな。そう思うが、そもそもこんなに眠るのは最近眠っていないからかもしれない。それをさせているのは自分だ。そこまで考え付いたとき、オレは目を細めた。たまらない気持ち。徹夜させてまでオレの機械鎧を調整させている、嬉しいけれど情けなくて、申し訳ない気持ちがある。オレなんかのために?
 白い肌に左手を落とす。頬に触れると、くすぐったさ故か一瞬ウィンリィは顔をしかめたが、起きる様子はない。ウィンリィに触れるときは出来るだけ左手で、と決めてある。冷たい血の通わない右手で触れることには少しためらいがあった。
 そんなことをしているうちに、オレも眠くなりあくびをした。午後のまどろみ、こんな田舎にいると、世間の争いを忘れ、平和をさも当たり前のように感じてしまう。慣れは怖い。自分は決してそのようなまどろみに身を置くことを許される立場ではないのに。
 ウィンリィにかかっている赤いコートを見つめる。近いうちにそれを着て、また軍に顔を出さなければならない。オレはずっとここにいるわけにはいかないのだ。
 でも、いつか、絶対、目的を果たしてみせるから。
 そしたら、ウィンリィはいつものようにオレを待っていてくれるだろうか。何事もなかったかのように、「おかえり」と微笑んでくれるだろうか。
 そんなことを思っているうちにオレの瞼が落ちた。
 起きていたら、答えのない自問自答を繰り返し、それから逃げるともっと胸が苦しくなる現実に突き当たってしまうから。
 今はまだ言えないこの思いを抱えて、今だけは眠りの中で、幸せな夢を見たい。今だけは、ウィンリィの隣で、傍にいてくれる安心をこの胸に。


 
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