時間喪失 〜土方〜



 土方は目を覚ました。
 頭痛を覚え、頭を掻いた。なぜこんなに頭が痛いのか。昨日酒を飲んだことを思い出した。しかしもともと土方は酒に強いし、無茶な飲み方をするわけがない。
 それに、記憶がないことも疑問だった。
「アレ・・・、最後に入った店、どこだっけ・・・」
 よくよく天井を見ると、見覚えのない色と網目模様。そして、右手に感じる異物感に土方は顔を向けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイオイオイオイオイ、やべーよ、コレ」
 鬼の副長とやらが、呆れて笑える。
 白い肩を布団からはみ出して眠っている少女が、土方に背を向けて眠っていた。顔が見えない。だけど、後ろ姿でも分かる。これは女ではなくて少女だ。歳は十五、十六くらいだろうか。そんないかがわしい店に入った記憶もないし、そんな趣味もない。
 こんなときの男は情けないと土方は思う。起き上がって手に汗を握るだけで、それ以外何も出来ない。
 隣で少女が寝返りを打ち、ゆっくりと目を開けた。
「あ、おはようございます・・・」
 寝起きのかすれた声で、彼女は笑った。土方がどう弁解しようかと迷っていると、少女は呼んだ。

「トシ兄」

 土方は少女を見下ろした。とても懐かしい呼ばれ方だった。こんな呼び方をする人間なんて過去にひとりしかいなかった。
 そして見覚えのある懐かしいこの表情。

「・・・・・・?」



 二人は朝からやっている定食屋に入った。
「トシ兄、今日はオフなんでしょ」
「なぜ知っている?」
「昨日話していた」
 怒っている様子もなく、しかし淡々とはコーヒーを飲みながらつぶやいた。見違えるほど成長したと思う。昔、まだ土方も道場に入る前の少年だった頃は喋ることもおぼつかない子供で、土方に懐いていた。だからか、いつまで経ってもにはコーヒーは似合わないと思いながら土方は煙草の煙を吐いた。
「煙草、吸うんだね」
「あァ、煙かったか?」
「ううん、大丈夫。でも大人の男だなって思って」
 あまりにも淡々と述べるものだから、柄にもなく土方は動揺して煙草を灰皿に押し付けた。大人ってどういう意味か。昨夜の記憶がないからこそ、どぎまぎする。
 あんなにガキだった女に俺は手を出したというのか?
「私、今日も仕事なの。かぶき町のあんみつ屋で働いているのよ」
 あんみつ屋、と聞いて一瞬白髪男を思い出し、土方は胸クソが悪くなって髪をかきむしった。
「だからあまり時間ないけれど、確認しておくね」
 どこまでも冷静に、はつぶやいた。土方は相手に聞こえないように唾を飲み込んだ。
「昨日、どこで私と会ったか覚えてないの?」
「・・・・・・あァ」
「私と何したか、今朝全く思い出せない顔していたけれど、本当に覚えていないんだね」
「・・・・・・すまん」
「今だって困っているんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
 それは図星で、肯定も否定も出来ないまま土方が無言のままでいると、は立ち上がって思い切り右手を振り上げ、平手で土方の頬を叩いた。

「最低だよ、トシ兄。そんな人だと思わなかった」

 店の中がざわめく。ただの痴話喧嘩だと思った他の客はすぐさま顔を背け、急に店内がシーンとなった。土方を睨みつけては店を出て行ってしまった。


 新撰組屯所に帰ると、運悪く沖田と遭遇してしまった。
「お帰りなせェ、土方さん。こんな時間まで帰ってこないのでてっきり死んだのかと思いやした」
 爽やかに言う沖田をいつもだったら一言二言罵倒してもいいのだが、今日はそんな気力もなく土方は部屋に戻る。
「土方さん」
 後ろからしつこくついてくる沖田に、土方は舌打ちをした。
「うるさい。仕事しろ」
「頬、赤くなっていますぜ。早く冷やさないと他の連中にバレてしまいまさァ」
「・・・・・・・・・・・・!」
 そこで初めて土方は左頬の痛みに気付く。沖田を置いて部屋に戻り、冷たいタオルで頬に当てたが、どれだけ効果があるかはわからない。
「・・・・・・・・・くそ、あの女」
 つぶやいてみるけれど、幼い頃の記憶が急に鮮明に蘇る。昨日までは忘れていたことも、とても鮮やかに。土方は無意識のうちに目を細めて思考をめぐらせた。
 かぶき町のあんみつ屋。は今そこで働いているという。
「は・・・・・・、かぶき町に一体何件あるっていうんだよ。もう会うことはねえよ」
 部屋の真ん中に座り込んだまま土方はひとりごちり、頭をガリガリ掻いたが、どうもすっきりしない。胸はざわつくばかりだ。






 
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