ただ一緒に眠りたいだけ
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ため息をつきながら街の中を早足で歩く。もう本当にどこに行ったんだろう!?
だいたい女中のあたしがどうしてこんなことをしなくちゃいけないの!
五月の太陽は思う以上に容赦なくあたしを突き刺して、あたしは一度日陰に入って額に浮かんだ汗を拭った。街には華やかな着物を着た女たちも歩いていて、ふと自分の姿に気づいてしまった。仕事着のまま外に出ているあたしは、とても地味で、女らしさのかけらもない。
窓ガラスに映る自分から逃げるように、あたしは更に歩き出した。
おかしいな・・・。昔は服のことなんて気にしたことなかったのに。
しばらく歩くと川原に着いた。芝生もあって、橋の下には程よい日陰がある。そこに黒い影が寝転がっていた。
見つけた。
「お、沖田さん! やっと見つけました!」
あたしが駆け寄ると、総悟は赤いマスクをはずして、まぶしそうに目を細めてあたしを見た。
「、何をしているんでィ?」
「それはこっちの科白です。仕事さぼらないで下さい!」
「俺に会いたくて探してくれたんですねェ」
「ち、違います! あたしは土方さんに頼まれて・・・! 本当はこんなお仕事勘弁ですよ! まだ仕事も残っているのに・・・」
あたしは真剣に言っているのに、まるで聞いていないように総悟はにやりとほくそ笑む。こんな笑い方した彼がろくなことを考えていないってことくらい、あたしは知っている。後ずさりするように一歩後ろに下がると同時に、総悟は寝転がったままあたしの足をつかんだ。・・・手、長いな。
バランスを崩して尻餅をついて、あたしは涙目になって総悟を睨む。
「何するの」
「やっといつものに戻りましたねィ」
そのまま総悟は起き上がって、芝生の上に座り込んだあたしを見下ろして、黒く笑う。
「・・・総悟。お仕事中でしょう。早く帰ろう?」
「やることやったら帰りまさァ」
「・・・やることって」
あたしが言い終わらないうちに、総悟はあたしを抱きしめた。総悟の体は少し冷たい。五月の昼とは言え、気温はそこまで高くないし、芝生の上は意外と冷たいし、風邪ひかないのだろうか。余計な心配をしていたら唇をふさがれた。
ただ触れるだけのキス。熱くも冷たくも感じない。温度差がないんだと思うと少し嬉しくなった。
そのまま至近距離で、総悟はつぶらで大きな瞳であたしの目を覗き込む。すごくドキドキする。呼吸さえ届きそうなこの距離。
そして総悟の体重があたしにかかって、あたしは芝生の上に倒れこんだ。総悟の重みを身体全身に感じて、あたしの仕事中なのに、気持ちよかった。空には青色が広がっていて、とても天気がいい。こんな午後はとても幸せだ。
空が青いと知ったのは、総悟に出会えたから。
総悟はそのまま何もしないで、ただ息を潜めるようにあたしを潰さない程度にあたしにくっついていた。
腕をあたしの背中にまわす。あたしの体重で総悟の腕を潰さないか心配になるけれど、華奢に見える総悟の腕の筋肉をあたしは知っている。あたしも総悟をぎゅっと抱きしめた。
総悟を愛しいと思う気持ちと、早く帰らなくちゃという理性が双方から攻めてきて、苦しい。二人だけの世界にいきたいと馬鹿げたことを本気で思った。
あたしが総悟のさらさらな髪の毛を撫でると、総悟はあたしを見て、微笑んだ。この笑顔はきっとあたししか知らない。そんなくだらない独占欲すら幸せで。
「最近、一緒に寝てねェから寝不足なんでさァ」
総悟がつぶやいた。
「が夜這いに来てくれるのを待っていたのに」
「な、何を・・・」
あたしは女中で。
総悟は一番隊の隊長で。
気軽に総悟の部屋に忍び込めるはずもなくて。
でも、あたしだって本当は総悟の温もりが恋しかったんだよ。
「今夜は一緒に眠りやしょうぜィ」
あたしの頬にキスを落としてから名残惜しそうに身体を離して立ち上がる総悟を、太陽が照らす。色素の薄い髪の毛が明るく輝く。
ねぇ、総悟。愛してる。愛してる。
切なくなって総悟を見上げると、総悟は手を差し伸べた。こんな優しい総悟を知っているのも、きっとあたしだけだ。
総悟があたしだけのものであればいいのに。
でも、総悟は真選組にいることを生きがいとしていて、そんな総悟をあたしは好きになったから。
とりあえず、今から二人で土方さんに叱られに行こう。
眠れる夜はすぐに訪れる。
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