それはとても懐かしい
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総悟はあたしを血なまぐさい場所から守ってくれた。
あたしの職業は、真選組の女中。地味な着物をと袴を履いて、他の女中と一緒に今日も仕事をこなす。
昔のあたしは、女であるあたし自身が大嫌いだった。
女を表す職業なんて特に虫唾が走ったし、まさか自分が女中をやるなんて思わなかった。本当ならば、女隊士になりたいくらいだった。
だけど、局長が止める前に、あたしは総悟に止められてしまった。
あたしは反抗できなかった。総悟が好きだったから。
「あ・・・・・・」
朝、ぼんやりと仕事をしていると、包丁で指を切ってしまった。
「ちょっとォ、、何やっているのよォ」
一緒に大量のご飯を作っていた女中に呆れられる。血は指を伝って一滴、床へと落ちた。ポタリと赤い染み。
「! ぼーっとしてないで、早く包帯巻いてきなさいよ」
慌てる友人とは裏腹に、あたしはその指に見入ってしまっていた。友人に背中を押され、台所から出て、長い廊下を歩いて部屋へ向かう。部屋に絆創膏なんてあったかどうか考えをめぐらせていると。
「何サボってんでィ?」
後ろから愛しい声がかかった。あたしは振り返る。
「おはようございます、沖田さん」
他人行儀に挨拶をする。怪我をした左手を後ろに隠した。
「今は朝食の準備中じゃなかったですかィ?」
「え、ええと・・・」
めざとい総悟の瞳はあたしの隠した右手を凝視しているように見えて、こんなときにあたしは胸をときめかす。
そんな女は大嫌いだったはずなのに、今の自分は嫌いじゃない。人を好きになる自分は悪いものではないと思う。
「」
廊下には誰もいないことは確認済みだ。だからって、朝からそんな声であたしの名前を呼ばないで欲しい。
そんなことを考えていると、総悟はすばやい動きであたしの右手を引っ張った。途端に傷口が大きく開き、血が溢れ出す。
「い、痛い、痛いから離してよ、総悟!」
「怪我したんですかィ?」
思わずあたしが喚くと、総悟は面白そうにニタリと笑い、傷口をぎゅっと握った。こ、このサド王子め・・・っ!
「ちょ、ホント、マジで痛いから離して! 今から絆創膏貼ってからまた仕事するんだから」
あたしがそう言って抗議していると。
総悟はあたしの傷口に唇を寄せて。
舐めた。
「ひ・・・っ!」
「朝っぱらから何ていう声を出してるんでィ」
「し、染みるのよ、馬鹿!」
もちろんそれは本当だけど。指先が性感帯になるって何かの本で読んだことあった。それを思い出して、思わず顔が赤くなる。
「血の味がしますぜィ」
舐められても、まだ止まることのないあたしの血。血小板はまだ固まることも出来ていなくて。
その鮮やかな色はとても。
「思い出しやすか?」
総悟は今度は優しくあたしの指を握って、血がこれ以上あふれないようにして、小さく訊いた。
あの頃。
あたしは殺し屋をやっていた。
血の色も匂いも怖くない。ただ、未だに見るのは、死に逝くときの人間の顔。あたしを恨みながら消えていった人々。
あたしはもう、そんな匂いから離れてしまったけれど。
総悟は何を思って剣を握り続けているのかな。楽しいことばかりじゃない。きっと悪夢が襲ってくる。
「・・・ありがと、ね」
あたしを守ってくれて、ありがとうって思った。
総悟に武器を奪われたときは、恨んだこともあった。あたし自身、女らしくなることに抵抗があった。
だけど、今はもうこの血の匂いはただの懐かしいものだけで、ただそれだけで。
あたしの言葉を聞いた総悟は、いつもみたいな嫌な笑顔じゃなくて、複雑に笑って、あたしに背を向けた。まだ私服のはかま姿の彼は、朝食を済ませたあとにはもう隊服を身にまとって、剣を握るのだろう。
戦うことはとても悲しいことだ。それでも総悟は絶対にやめない。だから、あたしはいつだって総悟を待つのだ。恋に焦がれた女として、懐かしい香りを思い出しながら。
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