チャイルドハート
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普段一緒に生活している中では見ることのなかった彼女の表情を目の当たりにして、胸が痛んだ。
梅雨入りの前の和やかな午後。爽やかな風を受けた外は天気がよいので、が散歩をしたいと言い出し、面倒ながらも銀時はの隣を歩いていた。
は空気を吸って、笑顔を銀時に見せた。の長い黒髪が風になびいて揺れた。
「この季節が一番気持ちいいよね」
元気だなぁと思う。は夜も働いている。しかも酒も入るハードな仕事だ。出来るなら家で寝ていたいと思うのが普通なのに、やっぱりそれは年の違いなのだろうか。彼女との年の差を考えて、少しショックを受けたとき。
「おかあさーん、どこー!?」
道端で子供が大声で叫んでいた。
面倒くさいことには巻き込まれるのはごめんだ。母親がそんなに大事なら、母親にくっついていればいいんだ。無意識的に子供から視線を逸らして逆方向に歩こうとすると、
「迷子かしら?」
が銀時を見上げて、逃げ場がなくなった。
「どうせもうすぐ親が迎えにくるんじゃねーの?」
全てが面倒臭くなっていい加減に答えるとの顔から笑顔を消えた。
「・・・前から思っていたけれど、銀時って冷たいよね」
「あァ?」
「神楽ちゃんや新八くんにも、ひどい当たり方するし。銀時のそうゆうところ、人間としてどうかと思う」
冷たく言い放ったは、銀時に背を向けて子供に近づいていった。
「どうしたの? お母さんは?」
の声がここまで聞こえてくる。子供はしばらく泣いていたが、しゃがみこんで真剣に子供の目線で子供に接する彼女に心を許したのか、にしがみついて、に何かを訴えていた。
その間、銀時はのその姿をただ呆然と見つめる羽目に置かされた。
自分よりずっと年下のが、子供に対してあんな表情をするなんて、想像をしたこともなかった。
自分の子供時代をあまり思い出せない。あまりいい記憶なんてない。
常に一人だった。寺子屋はそれなりに楽しくて、そこでの出会いが戦争へ繋がった。どうせ自分が死んだって悲しむ人間なんていない。そういうつもりで戦っていたらいつの間にか夜叉だと呼ばれていた。
子供らしい気持ちなんて分からない。だから苦手なのだ。親を求めて泣く子供を見ると、まるで自分が人間じゃないと言われているみたいで。
「銀時ー! この子のお母さんがここに来るまで、一緒に待っていてあげようよ!」
遠くからが銀時を呼ぶ。銀時は反論したかったが、何を言っても言い訳になってしまう気がして、ゆっくりと歩いての隣に座った。
の前に座っていた子供がまっすぐに銀時を見つめる。男の子だ。このひとはだれ? キラキラとゆがみを知らない瞳が語る。子供はとても正直だ。銀時は目を逸らした。
「で、このガキの親は?」
「うーん、迷子らしくて」
「迷子の割には悠長だな!」
「こういうときはあまり大騒ぎしないほうがいいのよ。この辺までお母さんと一緒だったなら、きっと迎えに来てくれるはずでしょ」
さも当たり前のようには言うけれど、があまり家族に大切にされなかったことがあると聞いたことがあった。それでも信じるというのか。
何度裏切られても信じるなんて、馬鹿がすることだ。
つきあってられねー。
口に出そうとしたけれど、居心地が悪すぎて、声も出せない。に懐く子供を見ているとイライラする。
「おい、ガキ」
気づいたら、銀時は子供に向かってしかめ面を見せていた。は突然のことに驚き、大きな瞳で銀時を見つめる。
「ちょっと・・・、銀時・・・・・・?」
が銀時の言葉を制するも、銀時は止まらなかった。
「男ならな、女に頼るんじゃねーよ。しっかり生きていけや」
自分がそう思っているのかすら分からない言葉が口から飛び出して、驚いたのは何より銀時本人だった。隣にいたも目を丸くして銀時を見ている。子供も不思議そうに銀時を見つめていた。
このやり場のない空気。
まるで嫉妬心がばれたみたいで居心地が悪い。そう思ったとき、
「ありがとう、おにいちゃん。ぼくがんばるよ」
銀時は目を細めた。何の疑いもなく子供が目を輝かせるものだから、抱きしめたくなった。そして願った。早くこの子供の母親が迎えにくることを。
迷うことなく子供の頭を撫でると、子供はにっこりと笑った。
泣きたくなった。
それから二十分ほどして、子供の母親がやって来た。途中ではぐれてしまい、来た道を右往左往しながら戻ってきてみたのだと言う。
頭を下げた母親に手を引かれる子供が、最後にこっちを向いて叫んだ。
「ありがとう、おねえちゃん、おにいちゃん!」
その声はまるで幸せに満たされているもののようで。
「ありがとうだって、銀時」
横目で笑うを見ても、何も言い返せない。
だって想像してしまったのだ。夢のような未来を。こうしていつか、自分にも家族を手に入れることが出来る。そんな今まで考えてもいなかったような夢を。
いつかとこうして幸せな日常を手に入れられたなら・・・。
の優しいまなざしに泣きたくなった。自分も子供の頃、のような人に出会いたかった。だけど。
だけど。
「・・・銀時?」
銀時の異変に気づいているのか、抱きしめても文句を言わないはやっぱり優しい。
をこうして抱きしめられるのは、今自分がオトナだからだ。
オトナだから泣けない。だけど守って欲しいときもある。そういうときこそ、こうして温もりを味わい、いつか子供だったはずの自分を慰めるのだ。
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