ヴォイス
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「さん、一体銀さんのどこが好きなんですか?」
突然胡散臭そうに新八が聞いてくるものだから、は持っていた玉ねぎを落としそうになってしまった。今日の夕飯は肉じゃがだ。
「何・・・、突然・・・、どうしたの?」
「ていうか、前から思っていたんですけれど」
新八は鍋に適度に塩を振りながら肩をすくめた。
「おーい、そいつは愚問じゃねェか?」
キッチンの端でいつの間にか立っていた銀時がニタニタといやらしい顔を浮かべてを見た。は首を背ける。
「知らない、そんなの」
「チャンでも照れることあるんだなぁ、オイ」
「違うわよ。思い当たるところなんてなくて呆れているのよ。本当になんであたし、銀時のことが好きなのかな」
「オイ!」
銀時の鋭い突っ込みも無視して、は玉ねぎを手際よく切り、鍋の中に入れた。
本当に、掴み処のない男を好きになってしまったと思う。
彼を好きになったらきっと面倒なことになるって知っていた。それでも好きになってしまった。何故・・・? その質問に易々と答えられるなら、きっと好きになっていない。
例えばだらしなく一張羅を着たその後姿とか、触り心地のいい天パの銀髪とか、いざという時は煌めくと自称している死んだ魚のような目だとか、挙げればキリがないけれど(そしてそれは大抵ろくでもないものだけど)。
でも最近を釘付けにするのが、その声だった。
低くて、少し色っぽくて。ふざけているときは少しうるさいとも思うけれど、真面目に何かを語らせたらそれはもう、身震いするほどの声で。
まるでそれは、を翻弄するために生まれてきたもののよう。
「?」
そして、突然名前なんて呼ばれたら、もう一溜まりもない。このひとあたしを殺す気なんじゃない? って思ってしまうほどに、鼓動が早打ちして。
「なっ、なな、何?」
きわめて平然を取り繕ってみたけれど、多分年上の銀時にはバレバレなのだろう。
「あんまり煮すぎると、じゃがいもの形がくずれるぜ?」
「・・・・・・・・・・・・」
は慌てて鍋の中を覗き、新八が皿を用意した。
いい歳しても死ぬまで少年でいるつもりなのかどうか知らないけれど、時々無垢になるのはやめて欲しい。
「銀ちゃんとは喧嘩でもしたアルか?」
夕食後、が仕事に出かける。珍しく銀時が送っていくと言って二人が出て行った後、神楽が定春の頭を撫でながらつぶやいた。
「いや、そんなことはないと思うけれど」
新八はお茶をすすりながら、苦笑する。
「じゃあどうしてあんなに気まずかったネ?」
「それは・・・・・・」
言いながら、新八はただ笑うしかない。台所でも出来事は、傍観する第三者がドキドキするくらい、恋人ムードが出ていたのだ。
普段の二人にしては珍しく。
その二人は歓楽街を歩く。もう日は沈んでいて、これから仕事だと思うと気が重くなり、はため息を漏らした。
「オイオイ、銀サンが隣にいるのに、何ため息ついちゃってんの?」
「別に。これから仕事だなって思っただけ」
どうして今日に限って送って行くなんて言い出したんだろう。銀時に気付かれないように、その横顔をうかがうけれど、相変わらず何を考えているか分からないその表情。
「」
店の前に着いたとき、そう呼ばれて、肩を掴まれたと思ったら。
唇にわずかな温もり。
「・・・どうしたの」
らしくないその口付けに、は首をかしげた。
「仕事、頑張れよ。夜の蝶」
手をひらひらさせて、大きな背中を向けて銀時は行ってしまった。
は自分の唇を指でなぞる。
今日の星座占いを思い出そうとしてみるけれど、朝のことなんて忘れているし。
でも、きっと今日は特別な日に違いない。
頑張れって、まるで魔法の言葉のように鼓膜の近くで銀時の声が繰り返し響いていて。
その声が発されるその唇に触れて。
なんだかとても幸せな気分になって、は軽い足取りで店の中に入った。
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