君とドライブ
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まるで世界征服でも達成したかのように、勝ち誇った顔で銀時は笑った。
「実はパチンコで大勝ちしちゃってさァ」
「あ、そう。よかったじゃない。これで滞納していた家賃も払えるわけだし、しばらく仕事が来なくても食べて行けるわね」
冷静に応答し、お茶をすするを見て、銀時は口を尖らせた。
「何、おまっ・・・、乙女の純情もかけらもねー奴だな、オイ!」
「乙女の純情って何? あんた何か意味を勘違いしているんじゃない?」
「いやっ、乙女ってのはもっと夢見がちなものだろ!? オマエが貯金とかあまりにシビアなことを言うから、銀サン泣けてきちゃうんですけどォ!?」
「つーか、少しはシビアな現実を受け止めろこの天パ。いい歳していつまでも夢見てんじゃねえよ」
いつもの昼下がり、いつもの万事屋。そして、いつもの二人。
窓の向こうに見える青空が今日も高く感じる。恋人の馬鹿げた発言に、いつものようにはため息をつく。
「・・・せっかくだしそのお金で銀サンとドライブしたいわぁ、とか言えないワケ!?」
「銀時、ドライブしたいの?」
が訊き返すと、銀時がぐっと喉を鳴らした。
「・・・ドライブしたいのね」
「だってよォ、やっぱり車の中でヤるってのも・・・」
「・・・帰ろうかしら」
「う、嘘だってチャン! 冗談じゃん! 一度はと地平線を見てみたいなァとか思っちゃったの! 柄にもなく思っちゃったの! これで満足かよコノヤロー」
立ち上がりかけるを必死になって止める銀時の顔がどこかしら赤く染まっているように見えて、本当にそれは柄にもない珍物で、は思わず笑みをこぼした。
「いいわよ、ドライブ」
「お?」
「その代わり、レンタカーの手続きとか、銀時がやってね? そもそもあたし、免許ないし」
「マジでか。キャッホォォォ」
棒読みでも分かる。銀時は笑っていた。
だから銀時の恋人はやめられない。
そして、が休みの平日の夕方。が万事屋にやってくると、すでに車が階段の前に停まっていた。
「さん、ドライブに行くって本当ですか?」
「銀ちゃんの運転は安全の保証ないアルよ」
新八と神楽がドライブ反対意見を述べるものだから、は固まってしまった。大事なことを言うのを忘れてしまったのだ。
「おいおい、てめーら、ろくでもないことに吹き込むんじゃねえよ」
ブーツを鳴らして階段を降りてきた銀時は、今日も髪の毛を跳ねさせていた。
と銀時が車に乗り込んだ。
「さてと。出発するか」
「銀ちゃん、私も行きたいアル」
「オマエはまだ定春の上を乗っかるので充分だ。どうしてもって言うなら、オロナミンCを一日二本以上飲めるようになってから言え」
空いた窓から神楽が顔を覗かせる。銀時はわけの分からない持論を偉そうに述べた後、窓を閉めてアクセルを踏んだ。
「ちょっと・・・、神楽ちゃんや新八くんも一緒に連れていってあげればいいのに」
「何言っちゃってんの。ドライブってのはなぁ、イチャイチャするためにあるんだよ。ドライブの意味をちゃんと広辞苑で調べて来い、コノヤロー」
「おまえがな!」
普通の国産車で、何の感慨もない、ただの車の助手席で。別にシートが特別柔らかいわけでもないし、広いわけでもない。でも、少し緊張していた。
いつもよりも銀時との距離が近く感じるようで。
「銀時」
「んー?」
「あのね、・・・あたし、車酔いが酷いのよ」
「マジでか」
それきり、会話は止まってしまった。は窓の外を眺める。いつもと同じ景色のはずなのに、速度が変わるだけで、特別なものへと変化を遂げてしまう。でもそれは、車に乗っているからという理由だけではないのかもしれないと思った。
それは、温もりすら察知できるほど近くに銀時がいるから。
「、前を見てみろ」
銀時の一声で、は前を見た。
日が沈みかけ、薄暗くなった空に高く、高く、映えた光。それは江戸のシンボル。地球を旅立つことの出来る、ターミナルだ。
「綺麗ね」
「ああ・・・」
「嫌なこと、全部忘れてしまいそうね」
身近なことで言えば、仕事や田舎のこと。もっと規模を大きくして言えば、天人のこと、戦争のこと。そして、銀時を縛り付けているもの。
銀時はいつもどんな思いでこのターミナルを眺めているのだろう。
切なくなって、は隣の銀髪に触れた。
「・・・何? 銀サンとチューしたくなったか?」
「違うわよ。安全運転よろしくね」
たまにはこんなドライブもいいかもしれない。
意外なことに銀時の運転はとても繊細で、その日は一度も酔うことがなかった。
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