キスマーク



 仕事が終わり、更衣室で化粧直しをしていると、後ろから友達に声をかけられた。
、さっきから気になっていたんだけど・・・」
「何?」
 振り向くと、友達は言いにくそうにつぶやいた。

「キスマーク」
「・・・ん?」

「首の後ろのところ、キスマーク目立っているよ」

 ご丁寧にも友達は、のうなじをつつきながらそう言った。その瞬間、の顔はみるみる赤くなる。



「・・・・・・・・・銀時のバカヤロー!!」






 その頃、万事屋では、

「うお!?」

 ソファでジャンプを読んでいた銀時が唐突に素っ頓狂な声をあげた。

「銀ちゃん、どうしたネ。頭がおかしくなったアルか?」
「いやいや、今の声が聞こえたんだよ。アレ? これテレパシー? 以心伝心? アレ?」
「・・・やっぱり頭クルったアルね。クルクルなのは頭だけにして欲しいアル」

 神楽の毒舌にも反応せず、銀時は立ち上がり、玄関まで歩いた。
 と、そのとき、がらりと空いた。銀時があけたわけではない。眠たい目を向けるとが息を切らして立っていた。

「・・・テレパシー、本当だったアルか?」

 神楽さえも目を丸くしてその状況を見張る。

「お、。実はさっき、俺・・・」
「馬鹿!!」

 銀時の言葉が終わらないうちに、の叫びとパチンという平手が飛んだのだった。

「・・・やっぱり銀ちゃんの勘違いアル。一度病院に連れていったほうがいいネ」

 もはや冷静に傍観できるのは神楽だけであった。



「いたたたたたた、いきなり何するのチャン。転職ですか? 暴力好きなんですか? でもそしたらおまえ、あのゴリラ女とキャラ被っちゃうぞオイ!」
「余計な御託並べるな! これくらいやらないと気が済まないの!」

 怒りを隠さずに、は銀時に詰め寄る。銀時はじりじりと壁を背に後退していたが、もう逃げ場はない。

「・・・がどうしてもというなら、俺・・・」

 そう言いながら銀時は顔を赤く染め、うつむいた。

「出来ればハイヒールのほうで。ロウソクは無理・・・」
「何考えてんの!? 真面目に聞いてよ! あれほど言ったのに、約束守らないなんて最低、大っ嫌い!」

 最後の一言がストレートとして銀時を打った。再起不能。銀時は呆然とを見た。

「・・・嫌い?」
「嫌い!」
「何が気に入らないんだよ? 天パか? それならも承諾してんじゃねえか。大丈夫、何があってもこの天パの遺伝子は残さねー」
「そうやってすぐに天パに逃げるな! あたしは怒っているんだからね!」

 は真っ赤な顔で銀時を見上げ、首の後ろを指差した。

「・・・これ」
「ん?」

 急に威勢が弱くなったに首をかしげ、指を差された方向に目をやると。
 の白いうなじに映えた、赤いキスマーク。

「おお、これは昨日の激しい夜の・・・・・・」
「あれほど付けないでって言ったのに! お客さんに気付かれなかったからよかったけど、もし指摘されたらまたセクハラされるじゃない!」

 ついには泣きそうな声で、は叫んだ。銀時の胸元をたたく。
 これは・・・、銀時はを見下ろした。これはキスマークに対して怒っているのではない。そう悟った銀時は、に気づかれないようににやりと笑った。

「悪かったよ、
「・・・もう絶対しないでね」
「セクハラ、されるなら俺が助けてやるよ」
「・・・いい。このままじゃあたし、本当に銀時に依存してしまうから。でもトラブルは嫌なの。だから銀時も協力して? 極力避けたいのよ」

 銀時は恐る恐る手を伸ばし、の肩を抱いた。もう反撃は来ない。今まで怒っていたせいで疲れたのか、急に弱ったはとてもかわいくて、そして愛しい。そのままぎゅっと抱きしめると、は頭を銀時の胸にあずけた。

「仕方ねーな」

 銀時が返事すると、は安堵のため息をもらした。そのまま無言。こんなとき、いたずら心が走る。銀時はの耳元に口を寄せて言った。

「今度から見えないところに付けるようにするからな?」

 そう言うと、の顔は真っ赤になった。
 そんな彼女がとても可愛くて愛しい。

 だから、今宵も自分のものだという印を、その白い肌に残させて欲しい。

 結局、その約束は人から見える場所限定に書き換えられ、にそれを否む権利は与えられなかった。

 それを欲するのは男とて女とてどちらも同じ。愛されたという記録。神聖な赤い印。






 
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