愛を味わって



 自分の気持ちを正直に出すことがそれほど格好悪く思わなくなったのはいつ頃だっただろうか。



「銀時!」

 思わぬところでと出逢い、銀時はカゴを持っていないほうの手を振った。このあたりで一番大きなスーパー、大江戸ストア。

「おぅ」
「びっくりしたー、こんなところで会うなんて」

 出勤前や出勤後とは全く違う着物を着て、まっすぐな黒髪は下ろしていてそれはまた色っぽい。今日のは機嫌がいい。意気揚々としているのが分かって銀時は胸を撫で下ろした。
 には日によって気分の浮き沈みが激しいという性質がある。人間は誰でもそういう部分を持っているが、彼女はそれが人よりも大きい。

「銀時も買い物? よかった、ちゃんと食べているのね」

 の持つかごの中には、本日安売りの卵一パックと緑の野菜。一人暮らしの割には彼女はマメに料理をする。
 それに比べ、自分のカゴの中と言えば。

「・・・銀時、これは?」

 カゴの中を覗き込んだが、怪訝な表情で銀時を見上げた。そしてもう一度カゴの中に視線を落とした。

「チョコパイ、生クリーム、イチゴ牛乳、おはぎ、ハーゲンダッツのアイスクリーム・・・・・・」

 嫌味なのか、いちいち声に出して中身を確認してから、はもう一度銀時を見て、睨んだ。

「これが夕食?」
「俺の家の主は俺なの。誰にも文句は言わせねー」
「呆れた。育ち盛りの新八くんや神楽ちゃんがいるんでしょ? 少しは気を遣ったらどうなの」
「あ、ちなみにハーゲンダッツは俺のじゃねえよ」
「そんなことどうでもいい!」

 危うく店内でパンチをしそうになるのを堪え、はにっこりと笑った。



 その日は仕事が休みなのだという。

「仕方ないわね。作ってあげるわよ」
「へ? 何を」
「夕食に決まっているでしょう! 銀時に任せていたら神楽ちゃんも新八くんも糖尿病になってしまうわ、まだ若いのに」
「俺だってまだなってねーよ! そこまで侵されてねえ! まだ予備軍なんだよ!」
「銀時、ソレ全っ然威張れることじゃないから」

 万事屋までの道、二人はくだらない言い合いをしながらも並んで歩いていた。
 こういう瞬間はとても幸せだと銀時は思う。そして、それはどれほど儚いものかも知っているのだ。
 二度と特別に大切なものを抱えるのはやめようと、この数年間生きてきたのに。
 万事屋に着き、は慣れた足取りでキッチンまで歩いた。銀時もその後を追い、手に持っていたビニル袋の中のものを冷蔵庫や冷凍庫に入れていく。

「さて、何を作ろうかしらね。新八くんや神楽ちゃんが見当たらないけれど、どこに行っているのかな」
「どうせ定春の散歩にでも行っているんだろ」

 気だるい返事をして、銀時は冷蔵庫をバタンと閉めた。

「なぁ
「何よ」
「どうせガキどもは近所の遊びに混ざって当分帰ってこねえよ。まだ夕飯作るのは早いんじゃねえ?」

 銀時の提案に、「それもそうね」とはうなずいた。その様子ににやりと何かを含んだ笑みを浮かべた銀時は、更に科白を続ける。

「料理の変わりに、銀サンとメイクラブをしませんか?」

 勢いで「それもそうね」とうなずいてくれるのかと期待しを見ると、実に冷ややかな視線を突きつけられた。
 それが否定を意味することくらい、銀時でも分かり、つい口を尖らせる。

「なんだよー、そんなに俺が嫌いかよ、サン」
「そういう問題じゃないでしょ。まだ夕方だよ? 盛ってんじゃねえよ」

 ため息をつきながら、は銀時を置いてリビングに行き、ソファに座ってテレビを付けた。銀時もおずおずとその隣に座る。
 からの言葉はない。なんだソレ、寂しすぎるじゃねーか、せっかく二人きりなのに。


 持て余すほどの愛情を感じたときに、泣きそうになってしまったことがある。
 それは昔にも経験したことがあるが、それでもう終わりだと思っていた。二度と自分には縁のない類だと思っていた。
 多くのものを失い、傷つきたくないから自己防衛が本能的に働いていたのに。
 今は、愛したいという本能が勝ってしまう。を目の前にすると、判断力が鈍る。本気で世界よりもただこの時間を大切に思ってしまう。
 そんなこと、ただの超幻想だと蔑んでさえいたのに。

 それに気付くと、ただ抱きしめてたくて触れたくて、どうしようもなくなる。言葉は気持ちについていけなくて、いつも肝心なことを言えない。
 これが本音だ。

「銀時、そんなにしたらテレビ見れないでしょ」

 ソファの上でぎゅっと抱きしめても、今度は拒絶しない。の腕も銀時の背へと回り、隙間もないほどに二人の距離は縮まる。
 今はこれだけ。ぎゅっと抱きしめたら、お互いの体温が分かるから。安定した呼吸のなかに感じる愛があることを初めて知った。

「どうしたのー? いつまでも拗ねてないで、夜ご飯はちゃんと食べてよね。あたしの手料理なんだから」

 を抱きしめたまま黙りこんだ銀時を、ただ拗ねただけだと勘違いしているのだろうか、は無邪気に笑った。

 味わらせていただくよ。おまえの料理も、おまえのカラダもな。
 こっそりとほほくそ笑んだ銀時の心の内を、が知るのは数時間後。






 
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