「好き」だなんて言わない



 銀時の姿が頭から離れない。


 は接客中にもため息を漏らした。
「どーしたのォ、チャーン、ため息なんかついちゃってェ。最近元気なさそうだよね」
 お得意のお客様にも、見抜かれる始末。は慌てて顔を上げて、首を横に振った。
「いえ、そんなことないです。すみません・・・」
 そう、身体はいたって健康。元気なはずだった。あれからストーカーらしき人間だって現れないし、夜は家が近くの友達と一緒に帰ることにしたので怖い思いをすることもなくなった。ずっと苦手だった江戸の人間と関わる勇気を持てたのは、銀時や神楽たちのおかげだった。
 だけど、とは思う。
 もし仮に自分がまだ危ない身であれば、銀時に会う口実が出来るのに。
 その日、いつも一緒に帰る友達はアフターで一緒になれなかった。まだアフターが入るほど売れっ子のキャバクラ嬢ではないは、少し心細くなりながらも一人で夜のかぶき町を歩いた。
 つい先日までは一人が当たり前だったのに、こんなに簡単に不安が込みあげってどうするの、とがため息をついたときだった。

「おまえ学習能力ないな」

 はっとして顔をあげた。
 その声に聞き覚えがあって、そして予想通りの目に入ってきたのは。

 銀髪の。

「・・・銀さん」

 以前にも見た着物をだらしなく着た銀時が、そこに立っていた。

「何、しているんですか。こんなところで」
「飲んできただけだ。もう帰るところだけどよ、おまえは?」
「・・・仕事帰りです」
「ああ、おまえもキャバクラ嬢だっけ」

 つまらなそうに言う銀時の言葉に反応してしまった。おまえ「も」ってことは・・・、他にもいるんだ。あたしと同じような女が。
 胸が痛む理由も突き止められないまま、は銀時を見た。だけど言葉が出ない。

、一緒に飲まねーか?」

 ふと切り出した銀時に、ついはうなずいてしまった。
 お酒は嫌いだけど、銀時と一緒にいる時間が欲しかった。

 連れてきてくれた居酒屋は、がひとりで入るのは勇気がいるような、渋い店だった。
 二人は狭い店内のカウンターに座った。これではあまり銀時の顔を見れないと残念に思う。数日前は銀時の顔を見ることも出来なかったのに。
「俺思うんだけどよォ」
 ビールを飲みながら、銀時が言った。
「おまえにはキャバクラなんて合ってねぇんじゃねーか?」
 悪気もなくそう言い放つ銀時に、はぴくりと顔をひきつらせた。
「・・・そうかもしれないけれど、やめるわけにはいかないから」
「なんでだよ」
「稼がなきゃ、いけないから」
 汗をかいたグラスを両手で握って、はつぶやいた。銀時は、あからさまにため息を吐いた。

「じゃあ、そんな悲壮面すんじゃねェよ」

 肩肘をついて、銀時はを見た。

「見ているこっちがイライラする」

 冷たく言い放つ銀時に、は眉をしかめた。

「・・・あなたには分からないよ。あたしは生きていくために必死なの。食べるためにはこれしかないんだよ。どうしてそういうこと言うの!」

 江戸にもいい人がいるって教えてくれたのは銀時だし、それ以来頭から離れなくて、また会いたいとさえ思っていたのに。とんだ勘違いだった。
 裏切られた気分だ。はテーブルの下でぎゅっと手を握った。

「そんなに不幸なのかよ」

 銀時は言う。

「自分がそんなに可哀相なのかよ。悪いけど、俺は慰めるのとかゴメンだから」

 騒がしい店内で二人の間だけに冷たい沈黙が漂う。はテーブルに置いていた残っているビールの泡を見つめていた。残り少ない。どんどん二酸化炭素が抜けていって、どんどん美味しくなくなる。

「・・・悪い」

 ふと、銀時がつぶやいた。

「そんなこと言うつもりじゃなかったんだ。ただ・・・、おまえにキャバクラはどうよって、思って・・・妬いていたのかもしれねェ」

 そう言って、の顔も見ずに銀時は立ち上がり、勘定をしていた。
 どういうことだろうと思いながら、遅れても席を立った。
 店の外に出ると、道路の傍らに銀時が立っていた。暗い夜道には白い着物もその銀髪も目立っていた。

「銀さん」

 銀時に声をかけると、自分の泣きそうな声に気付いた。かける言葉が分からない。確かに腹が立った。裏切りだと思った。
 でも勘違いなんかじゃない。このまま終わらせたくない。
 まだ始まってもいないけれど。

「銀さん、ごめんなさい・・・」

 悲壮面していたなんて気付かなかった。自分が可哀相だとは思わなかったけれど、楽しく生きている女の子達を妬んでいたのは事実だ。
 塀によりかかった銀時は、手を上げた。

、こっち来い」

 おいでおいでをしている銀時を見て、はそっと近づいた。
 銀時との距離わずか一メートル、銀時はふと笑顔をもらした。

「過去のことなんてどうでもいい。俺だって面白楽しく生きてきたわけじゃねーよ。だけど、前を向いて生きようぜ」

 夜だからだろうか、わずかな電灯でいつも眠そうな銀時の目が輝いて見えた。

「おまえがそれでいいなら、別に反対しねぇよ、今の仕事も立派な職業だし?」

 銀時は手を伸ばし、の髪に触れた。

「・・・そうだな、ストーカーの被害にあったら、銀サンが守ってやるよ」

 髪を触れられ、耳まで熱くなる。その手を握り返したいけれど、それも出来なかった。またこの感覚。銀時を直視できない理由が今になって分かった。
 出逢ってまだそんなに経ってない。知らないことなんてたくさんある。だけど、自分はこの人を好きなのだと悟った。
 そして、銀時の優しい視線にも好意を感じた。

「銀さん」
「何よ」
「あたし、銀さんがいたらちゃんと前へ向けると思う」

 はゆっくりとつぶやいた。銀時の顔を見て、赤い顔も晒していると分かっていたけれど、どうしても伝えたかった。きっかけなんて状況に任せるのではなくて、自分で作るものだ。今日の銀時がに声をかけてくれたように。

「・・・・・・それは、、」

 かすれた声で銀時は口ごもり、言葉にならないまま更にに近づき、その細い身体をゆっくりと抱きしめた。

「・・・こーゆーコト?」

 笑いを含む声で、銀時は言った。しかしはそのからかうような口調にも今は咎める気になれなかった。銀時が声を出せば、それが振動として自分にも伝わるのだ。こんなドキドキすること、他に知らない。

「どっか入る?」

 軽い口調で銀時は聞いた。はむっとするが、その腕の中から逃げる気はない。

「・・・そんな軽い男じゃないんでしょ?」

 初めて出会った夜を思い出した。そう言って銀時はあの万事屋につれて行ってくれた。そこで人の温かさに触れた。とても嬉しかった。
 だけど、今はもうそれだけでは足りない。この人が欲しい。
 きっとずっとこの体温に触れたかったのだ。

「今は軽い男にも悪い男にもなれちゃうよ?」

 そう言う銀時に、今度はも笑った。

「じゃああたしも悪い女になるよ。夜の女をナメないでね」

 売り言葉に買い言葉。だけどもう言葉の裏をお互いに分かってしまっている。見えない気持ちにも気付いている。
 だけど自分から「好き」だなんて言わない。絶対相手に言わせてやる。二人は微笑んだ。
 この勝負、どちらが勝つかはこれからのお楽しみだ。






 
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