恋の定義



 はっと目を覚ました。
 真っ暗で何も見えない。目が暗闇に慣れない。
 無意識に左手が温もりを探すけれど見つからない。見つからなくて泣きそうになって、そこで初めて気付く。
 今日は隣に銀時はいない。
 それはとても空虚のことのように思えて、は布団の上で膝を抱えた。涙がこぼれる。
 気分に理由なんてない。ただ朝からブルーだった。
 それでも夕方になれば仕事に行かなくちゃいけなくて、どんなに嫌な客がいてもはキャバクラ嬢として笑顔で明るい声で喋らなければならなかった。
 そして、どんどんナーバスになっていく。
 自分でも分からない。どうしてこんなに不安定なのか。こんな日は銀時に会いたい。だけど、こんな日の自分はきっと、銀時を傷つけてしまいそうだ。酷く。
 だから、平気なふりをして、万事屋のある方向に目も向けずに仕事から帰ってきた。
 シャワーを浴びても気分は晴れなくて、そのまま布団に入ったけれど、いつまで経っても体が温まらない。
 会いたい。会いたくてたまらなくて、はどうしようもなくなる。
 同じキャバクラで働く女の子達の中には、恋をするのが楽しくて仕方がないと豪語する子もいた。だけど、にはそれは到底信じられなかった。
 だって苦しいだけだ。銀時に全てを委ねて甘えてしまう自分を、は好きになれなかった。そんな女々しい姿なんて自分には不似合いな気がして。

 起き上がって、厠に行き、胃の中にあるものを吐いた。そんなに酒を飲んでいないはずなのに、苦しい。気持ちが悪い。
 水を一杯飲んで、はふと部屋の片隅に置いてある電話を見つめた。
 こんなあたしなんてあたしじゃない。
 だけど、もう一人のがつぶやく。
 しょせんあたしなんて、男に甘えないと生きていけないのよ。

「・・・違う、そんなことない」

 はつぶやく。だけど、電話から目が離せなくて、は震える手で受話器を取った。そして押し慣れた番号を押す。
 こんな真夜中、何を非常識なことをやっているというの。
 だけど、あたしは女だから許されるのよ。
 双方の言葉を必死に頭で否定ながら、ただ懇願するようには受話器を握り締めた。
 ワンコール。ツーコール。・・・十回目のコールが鳴り終わったら切ろう。そう思っている矢先、八コールで電話が繋がった。

「もしもし万事屋ァ・・・」
「・・・・・・」

 銀時だ。眠そうな声。少し掠れていて色っぽく聞こえるなんて、非常識な自分を激しく嫌悪する。それでも受話器を離せない。

「ったく、誰だよ、こんな真夜中に。もしもーし? 切るぞ?」
「あ・・・、待って、銀時・・・」

 弱々しくがつぶやくと、受話器の向こう側の空気が変わった。・・・気がした。

か・・・?」

「・・・うん」

 は安堵からか力が抜けて、その場に座り込んだ。

「どうしたよ?」

 銀時な怪訝な声に、ちゃんと答えることが出来ない。
 いつだってそう。銀時は格別優しい男ではない。そんなこと分かっている。期待するほうが馬鹿なのだ。
 は涙を拭った。

、泣いてんのか?」

 普段は鈍いくせに、こんなときばかり鋭さを発揮しないで欲しい。は瞳を閉じた。くせっ毛で柔らかい銀髪を思い浮かべた。

「銀時・・・」
「ん?」
「・・・会いたい。会いたいの」

 嗚咽とともに零れる言葉に、自分自身驚いた。言うつもりなんてなかったのに。
 きっと銀時を困らせるだけだ。そして傷つける。負担になる。
 でも涙が止まらない。

「・・・分かった。今から行くから待ってろ」

 銀時の声が優しく聞こえたのは気のせいだろうか。


 銀時を待つ十五分の間、は布団の上で丸まって色々なことを考えていた。
 江戸に出て来たばかりの頃。田舎のこと。両親のこと。そして。
 銀時に出逢った夜のこと。



 随分前に渡した合鍵で、銀時が部屋に駆け込んできた。わずかに聞こえる荒い息遣い。走ってきてくれたのだと気付くと、の心が温まる。

「どうしたよ?」
「銀時・・・」

 銀時の全てが欲しかった。はただ必死に手を伸ばし、銀時に抱きついた。

・・・?」

 困ったように言う銀時はとても新鮮で、でも優しくてこういう銀時もいるんだと思った。今まで知らなかったことが残念なほど、こんなに心に染み渡る。
 ああ、やっぱりあたしはこの温もりが欲しかったのだ。
 まるで精神安定剤だ。

「・・・ごめんね」
「別にいーけどよォ。どうした? 何かあったか?」
「ううん・・・」

 は首を横に振る。理由なんてない。だけど、銀時に会うといつだって心休まるのにはちゃんとした理由がある。

 銀時が好き。ただそれだけの簡単な気持ち。

 の頭をゆっくりと撫でながら、銀時は大きくあくびをした。

「は・・・ねむ・・・。そろそろ寝ようかね、チャン」
「・・・・・・・・・うん」

 申し訳ない顔をするをよそに、銀時は畳の上に敷いてあるの布団に勝手に入り込む。

「ほら、、銀サン寒いですよー」

 布団をトントン手で叩いてをうながすので、も銀時の隣に寝転んだ。

「この枕、貸してネ」

 ちゃっかりとの枕を奪う銀時を見て、は笑みを零した。

「よーしよーし」

 まるで小さな子供をあやすように、の頭を撫でたり肩を優しく叩いてくれる銀時は、まるでお父さんみたいだ。だけど、誰にも奪われたくない大切なヒト。

「ごめんね・・・」
「おまえもしつこいね。俺はなァ、おまえのことだったら何でも平気でやり遂げちゃうのよ。おまえのためだったら骨の一本や二本持っていかれたって全然へーき」

 傷つけたっていいって、まるで銀時の言葉はそう聞こえるから、はなおさら泣けてくる。誰よりも男らしい侍だった。

「銀時」
「・・・ん?」
「好き」

 が言うと、銀時がうつろな目を向けた。

「何、、誘ってんの? せっかくだけど銀サン眠いから、朝やろうな、朝」
「・・・・・・馬鹿」

 銀時の寝顔を見届けて、も目を閉じた。
 この温もりがあれば、空虚なんて怖くない。






 
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