あたしのスーパーマン



 好きだと言ったら、あなたはもう口を利いてくれないかもしれない。
 その低い声も、濁った瞳さえもあたしに向けてくれないかもしれない。
 そう思うと、言えない。
 だって、あたしにはそれを言える資格もない。
 あたしはあなたのことを何も知らない。




 その日もあたしは万事屋に向かう。スーパーの袋を片手に持って、慣れた手つきで玄関のドアを開けた。

「銀ちゃーん」

 コンニチハとかお邪魔シマスとか、そんな挨拶を通り抜けていきなり名前を呼んで玄関に上がり込む。

「うお、! 今日はどうした?」

 眠そうな顔で頭を掻きながら、銀時は奥から出て来た。ペタペタ裸足と床の摩擦音。だらしない感じがするけれど、あたしは本当にこの人に溺れている。

「そろそろ銀ちゃんの家の冷蔵庫もピンチかと思って、食材買って来ましたっ!」
「マジでか」

 銀ちゃんのその喜びの科白(とあたしは勝手に思っている)を合図に、あたしは下駄を脱いで上がりこむ。相変わらず客一人いないことを確認する。つまり相変わらず食べるものにも困っているってことだ。

「毎度毎度、悪いなぁ。チャンは優しいね」

 本当に悪いと思っているのかどうか分からない言い方で、銀ちゃんは袋の中を覗く。
 あたしは銀ちゃんたちの生活に付け込んでいるだけで、本当はこれは優しさなんかじゃない。そう考えると胸が苦しくなる。
 でも、あたしはまだ子供で、銀ちゃんの歳をはっきり知っているわけじゃないけれど、十歳くらい違って。あたしなんて全然相手にしてもらえないかもって思うと、とても不安で寂しくて。
 だからどんな形でも、銀ちゃんとの関係を保っていたいのだ。


 今までにいない人だと思った。
 絶対に好きになったら駄目だと分かっていた。
 だって、銀ちゃんはあたしと話していても、どこか遠くを見つめているし、ときどき銀ちゃんの魂はドコにあるんだろうって思う。
 ぼーっとしているし、どうしようもない人だなって思うけれど、まわりが思うほど銀ちゃんは馬鹿ではない。というか。

 もしかしたら誰も銀ちゃんの正体を知らないのかもしれない。

 そしたら、子供のあたしがその正体を暴けるわけもなくて、だけど惹かれるばかりだった。
 こんな男のドコがいいのって思うたびに、あたしはもう止められなくて、止まらなくて。
 想いが暴走する。




「今日の夕飯は何ですか」
「シチューですよ」

 銀ちゃんの問いかけに答えると、銀ちゃんは満足そうに笑った。神楽ちゃんたちはまだ帰ってこない。二人だけの空間に、あたしは酔いそうになる。
 ここは銀ちゃんが生活している場所で、どこを向いても銀ちゃんの気配が染み付いていて、ドキドキが止まらない。
 でも、ふと思う。寂しい、なんて。


、今日は元気ない?」

 台所まで歩いてきて、銀ちゃんはいつもよりも目敏く言うからあたしは驚いて、銀ちゃんの顔をまじまじと見てしまった。
 そんなことしながら包丁を持っていたら、思わず左手の薬指を切ってしまって、血がにじみ出た。

「痛い痛い痛い、何するんだよコノヤロー」
「・・・・・・銀ちゃん、痛いのはあたしなんだけど」

 怪我したあたしよりも騒ぎ立てる銀ちゃんはまるで子供のようで、そんな姿を見ることの出来たあたしはとてもラッキーだと思うけど、でも。
 また知らない銀ちゃんがここにいる。

、包丁はな、凶器なんだぞ。もう持つの禁止」

 どこから持ってきたのか救急箱を足元に置いて、銀ちゃんは丁寧にあたしの薬指に包帯を巻いた。
 思っていたよりもずっと器用な指先で、また新しい銀ちゃんを発見する。

「・・・銀ちゃん」
「んー?」
「銀ちゃんの正体って、何?」

 唇から零れた言葉に、何よりあたし自身が一番驚く。
 馬鹿なことを聞いてしまって、銀ちゃんの顔も見れずに、ただ触れられた薬指が熱くなるだけで、顔も赤くなって、逃げ出したかった。
 数秒の沈黙のあと、銀ちゃんが囁いた。

「スーパーマン」

 その単語を聞いて、あたしは今までの情況も忘れて、銀ちゃんを見上げた。すると、銀ちゃんはにっと歯を見せて笑った。

「ただし、限定のな」

 あたしの頭を撫でてそう言う銀ちゃんに、あたしは嬉しいくせにむっとした。
 だって。

「・・・あたしは子供じゃないよ」

 あたし限定のスーパーマンはあたしを守ってくれる。それはとても嬉しいけれど、いつまでも子供扱いされていて、同時に悲しみだってやって来る。
 下を向いてつぶやくと、ふと身体が温もりに包まれた。

 一瞬何がなんだかわからなくて、やっと気付いた。

 あたしは銀ちゃんに抱きしめられている。

「・・・銀ちゃん?」
「バーカ」

 耳元で、銀ちゃんは柄にもなく小さくつぶやいた。

「誰が好きでもない女を本気で守るかよ」

 その言葉は、どんな魔法よりも、どんなにトクベツな力よりも、あたしの心を捕らえていて。

「・・・銀ちゃん、あたしのこと、好き?」

 あたしの声までかすれてしまった。
 銀ちゃんはあたしの顔を見て、微笑んだ。

「何、今頃気付いたのおまえ?」
「だ、だって・・・」
「何泣いてんだよ」

 器用な指であたしの涙を拭って、そしてあたしの左手を掴んだ。

「切り傷、大丈夫か?」
「え、う、うん・・・」

 今はそれどころじゃないよって思った。すぐ目の前には銀ちゃんの顔があるし、あたしはこういうコトに慣れていない。なぜだか敗北感に満ちて、悔しくて。
 銀ちゃんの唇に、自分のそれを押し付けた。

「・・・ふうん」

 目を開けると、また知らない銀ちゃんがいたけれど、今度はそれを誇らしく思う。
 銀ちゃんは、あたしを大事にしてくれるだろうか。
 答えは、この表情を見ればきっと分かる。

「俺に宣戦布告?」
「・・・銀ちゃんのほうが大人でずるいよ!」
「大人でいいんじゃね? 金はないから指輪は買ってやれないけど」

 そう言って、銀ちゃんはあたしの左手の薬指に巻かれた包帯にキスをした。

「一生、のスーパーマンでいるよ?」

 今見せている銀ちゃんは、誰よりも男らしくて、あたしこの人を好きでよかったって本気で思った。
 今度からはあたしは愛情を持ってご飯を作ってあげよう。誇らしいあたしだけのスーパーマンに。






 
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