Stardust romance



 あたしが窓の外を見つめていると、背後で銀ちゃんがもそっと起き上がったのが分かった。
「何してんの」
 眠そうな声で、それでもあたしを放っておかない銀ちゃんを、あたしは好きだ。あたしは微笑みだけで返事をしたけれど、果たして電気もついていないこの暗闇で伝えきれたのかは定かではない。分かっているくせに、ちゃんと返事をしないあたしはもしかしたらエス体質を備えているのかもしれない。

 やっぱりあたしが無視しているのだと勘違いしているのか、銀ちゃんがもそもそとひざと手をついてあたしに近づいてきた。あたしが振り返ると唇をふさがれた。
「・・・銀サンのこと無視ですかコノヤロー」
 あたしの思ったとおりで、銀ちゃんは無表情にも瞳の光を揺らしてあたしを至近距離で見つめた。
「ごめんごめん。窓の外を見ていたの」
「何が見えるんだよ」
「何も」
 万事屋の和室の窓からは何も見えない。密接しているかぶき町の住宅。窓の外を見下ろせば、ゴミ捨て場。なんて夢のかけらもない世界。
「何も見えない物なんか見つめてんじゃねーよ。コンタクトか? 見えない生き物との秘密のテレパシーか!?」
 自分でわけの分からないことを言いながらも怖くなったのか、銀ちゃんはあたしに抱きついてくる。
「何してんの、銀ちゃん」
 今度はあたしが訊ねる番だった。
「見えない生き物なんかいるわけないだろ」
「・・・幽霊とか?」
「バカ、言うなよ!」
 銀ちゃんの腕に力が篭る。馬鹿なのは銀ちゃんだ。あたしは銀ちゃんの頭を撫でてあげたくなったけれど、銀ちゃんはあたしの背中から離れないので、手が届かない。はがゆい。この距離がもどかしくて、切なくなる。
 星を見たいと思ったのだ。江戸の町、特にかぶき町ではほとんど見ることもない星に焦がれた。まるで銀ちゃんのようだから。この先あたしが銀ちゃんに会えなくなる日が来ても、星をこの瞳に焼き付けておけばきっと狂わなくて済む。
 顔を後ろに向けると、またキスをされる。そのままあたしの身体は畳の上に静かに倒されて、幾つものキスを落とされた。銀ちゃんのキスはとても優しい。目を閉じると、瞳の奥で星が綺麗に瞬いた。
 銀ちゃんのことが好きだ。唐突にそう思い、あたしに負担をかけないようにのしかかる銀ちゃんを抱きしめた。
 心はいつだって満たされることはないけれど、こうやって銀ちゃんの温もりを受け止めれば、あたしは明日からも生きていけると思った。

 キスの合間に銀ちゃんがあたしの名前を呼ぶ。目を開けると、銀ちゃんの赤みがかった瞳があたしを見つめていた。その距離わずか五センチ。
「・・・
 あたしはその低い声に答えることも出来ずに、甘い吐息を漏らしながら銀ちゃんのやわらかい髪の毛に触った。
 星屑のようだ。そうだ、あたしは星屑に抱かれているみたいだ。


 銀ちゃんに初めて抱かれた頃のことを思った。
 それは最近でもない話。でも遠くもない昔。あたしは銀ちゃんよりずっと年下で、きっと相手にされていないと思っていた。あたしを見つめる銀ちゃんのその視線の向こう側は、果てしなくて、きっとそこは誰にも踏み込めない銀ちゃんだけの領域だった。まだ子供のあたしには分からない孤独と絶望の果て。一体誰が銀ちゃんを救えるのかな。
 無駄だと分かりながら、あたしはどんどん銀ちゃんに惹かれて、そのたびに銀ちゃんの中にあるどうしようもなく人間らしい感情に触れる気がして、たまらなくなった。きっと銀ちゃんは誰も愛さないかもしれない。
 それでもいいと思った。銀ちゃんが恐れる孤独を埋めるだけの存在でいい。銀ちゃんが輝くのなら、あたしはその周りでゴミのように存在する星々の中のひとつでいいから。どうか、どうか、銀ちゃん。一度でもあたしを愛して。
 我ながら矛盾していると思う。それでも、あたしは銀ちゃんに触れないと不安でたまらない。だからあたしは夜が好きだ。
 開いた窓から爽やかな風が差し込んできて、寝転がっている銀ちゃんの銀髪を揺らした。熱くなった肌を覚ますのに、その風はとても気持ちよかった。
、もう寝たか?」
 目を閉じていたあたしが銀ちゃんの声で目を開けると、銀ちゃんが間近であたしを見つめていた。さっきと同じだ。今はなぜか、本当に銀ちゃんがあたしを見つめてくれているんだと悟った。泣けてきた。
「おまえ、なに泣いてんの」
 苦笑しながら銀ちゃんがあたしの髪を撫でる。
 ・・・本当はあたしが星屑だった。誰よりも寂しいのは、あたしだったのかな。いつまでもあたしは子供のままだ。銀ちゃんに一生追いつけない。
「銀ちゃん」
 あたしはしゃっくりをあげながら銀ちゃんに抱きついた。涙も一緒に銀ちゃんの肌に押し付ける。銀ちゃんの匂い。やっと呼吸が出来るような感覚。
「銀ちゃん、銀ちゃん」
 ―――好き。勢いで吐き出しそうになった感情を飲み込んで、あたしは唇を噛んだ。こうして傍にいてくれるだけで十分だ。気まぐれでもあたしを抱いてくれる、なんてあたしは幸せ者だろう。
 心は満たされることはない。それはきっと、あたしの中の問題で、そんなことに銀ちゃんを巻き込んではいけないと思った。あたしはただ、銀ちゃんの思うときに傍にいるだけでいい。あたしは銀ちゃんのために星屑になろう。

 目を閉じた中の、宇宙のような景色の中で、銀ちゃんの声が聞こえた。
「・・・愛してるんだ」
 銀ちゃんの言葉。これはきっと夢に違いない。幸せすぎるあたしの夢。星となってまた輝く。
 そしてあたしはこの温もりがあれば、明日も生きていける。







企画:Midnight dreams
お題:企画サイト様の自作品より

参加させていただき、ありがとうございました! 
2007.9.15. from パンプキン

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