Kiss me !!



 パチンコに負けて帰ると彼女はいきなり睨んできた。
 肌寒くなってきたなァと思うけれど、曜日感覚も日付感覚もない今はただ秋がやって来たんだなァと心の隅で思い、それよりも何故彼女が万事屋にいて自分を睨んでいるのかその理由を考えなければならないと思った。

、仕事は?」

 彼女は夜の仕事をしていて、時にそれが恨めしくも思うけれど、自分には彼女を充分に自由にさせてあげるほどの金もないし、働かなければ生きていけないという覚悟を持った年下の彼女に対して尊敬という感情を抱いているのも事実だ。

「休み」

 短く冷たく答えられ、何か悪いことをしただろうかと考えてみるけれど、思い当たらない(むしろ普段の行いがよろしくないので思い当たりがありすぎる)。
 どうすればいいのか珍しく困って、ふーんとつぶやいてみるけれど、彼女はいつになってもしかめ面だ。機嫌の悪い日なのだろうか。人よりも感情が豊かである分どうしても浮き沈みが激しい性格なのは承知しているつもりだ。
 仕方ないのでソファに仰向けに転がって投げっぱなしのジャンプを読んでみる。台所ではと新八と神楽が三人で仲良く料理している。チクショー羨ましい限りだ、そう思うけれど妙な意固地のせいで自分もそこに加わろうとは思えない。微妙な疎外感を覚えたとき、

 ドサリ。

 足音とともにやってきたのは、圧迫される腹の苦しみ。

「い、いてててててて・・・、、何すんだよ」
「怒っているの! 人がせっかく・・・・・・」

 声を震わせながら大胆にも自分の上に乗ってきたは、そこまで言ってふと言葉を止めた。その続きを待ってみるけれど、彼女は目を潤ませながらも目を逸らして、もういい、とつぶやいた。

、待てよ」

 起き上がって思わず彼女の腕を掴む。何がもういい、だ。さっきから怒っていないで話して欲しい。何を思っているのか、何に怒っているのか、何をして欲しいのか、きっと人間として未熟な自分はを全て理解出来ているなんて思っていない。
 掴まれた手でバランス崩したは自分の胡坐に座り込んだ体勢になり、彼女は逃げることも拒むこともせず、ただ顔を赤らめた。何を今更、そんなことを考えながら脳裏に抱いている最中の彼女の表情が浮かぶ。

「何だよ、どうしたんだよ?」
「・・・もう、本当、いいから」
「何か言いたいことあるのか?」

 彼女の考えていることを無性に知りたくなって、促してみる。すると彼女はやっとこっちを向いて、銀時、と小さく呼んだ。彼女のその声でこの名前を呼ばれるその発音が、好きだ。

「何だよ」

 名前を呼ばれて嬉しいくせに、何事もないかのようにその続きを求めると、

「誕生日おめでとう」

 意外な言葉が返ってきた。
 開いた口が塞がらない。外の気温の下がり方に覚えがあると思ったら、いつの間にそんな季節になったのか。

「今日だった?」
「うん、今日だよ。十月十日」

 誕生日なんてそんなものを教えたつもりはない。めでたいと思ってもいない。自分の知らない女がこんな自分を産み落とした。そのような二十数年前の今日を憎みたくもなる。だけどそんな感情になるほどの感慨もない。

「・・・よく知ってたなァ、おい」
「当たり前でしょ」

 大方、新八にでも聞いていたのだろう。二人は何気に仲がいいのだ。
 そんなことより、もしかしたらこの日のために仕事を休んでくれたのかとか、この日のために台所で美味しそうな匂いを漂わせていたのかとか、色々な感情がぎゅっと押し寄せてきて、どうしようもなく胸が締め付けられてしまった。
 愛しい。彼女が、とても。
 そんなときに限って、いつもは軽口を叩ける口が正常に働かなくなって、言葉なんて無意味で、ただ彼女のキスが欲しくなる。

「・・・ありがとう」

 ふと彼女が言い、首をかしげて彼女を見ると、大きな目を潤ませて、聞こえるか聞こえないかくらい小さくつぶやいた彼女の言葉をキャッチする。

「生まれてきてくれてありがとう」

 切ない。心臓が持たない。ぎゅっと抱きしめて、自分だけのものにして、もう外のものになんて触れさせてあげない。そんな邪な思いを隠すように、科白が逆だって指摘してみる。彼女はただうなずいて笑った。
 渦巻くこの感情が何であるのか、もちろん知っているけれど、こんなにも自分を犯すものなのだとは知らなかった。様々な欲求を誤魔化すように、言ってみる。

「で? ケーキは?」
「そ、それは・・・。神楽ちゃんに聞いたわよ。血糖値、下がってないから禁止」
「え、なんでだよ」
「だって糖尿病になるの嫌でしょ、銀時?」

 彼女は本日誕生日である坂田銀時という自分の恋人のくせに、言うことに容赦がない。確かに糖尿病は怖い。だけど、それよりももっと恐れていることがある。彼女を失うということ、彼女に触れることが出来なってしまうこと。それらが何よりも怖い。
 キス。キス。たまらなく欲しくなる自分に呆れながらも、を自分に引き寄せた。
 大好きな甘味物よりも甘いもの。依存性のあるケーキよりも中毒性の強い存在。
 台所に新八や神楽がいることもどうでもよくて、に口付けた。



 その夜、がご馳走だと言って作ったハンバーグを平らげたあと、新八と神楽は気を利かせたのか二人ともが志村邸に泊まると言って出て行き、静まった部屋で片付けをする彼女の背中を目で追った。
 歳がひとつ多くなっても、オッサンになっても、軋むような胸の奥の痛みは止まないのだと悟った。



 呼ぶと台所から彼女は振り向いて自分を見つめる。
 ソファから立ち上がって台所まで歩いて、そして後ろから彼女を抱きしめる。彼女のシャンプーの匂いが鼻を掠めた。

「・・・・・・まだ片付けている途中なんだけど」

 夕方と変わらない不機嫌な声で彼女は言うけれど、もう機嫌が悪いわけではないことくらい、赤くなった耳を見れば分かる。
 いつになってもきっと可愛らしいであろう彼女と、このまま駄目なオッサンになっていく自分。どこかで無理が出てくるのだろうか。だけど。・・・だけど。
 一人だった自分を抱き返してくれる彼女が愛しい。こんな風に自分が生まれてきた日でさえをおめでとうと言ってくれる彼女を、もう手離すことなんて出来ない。
 小さなその体をぎゅっと抱きしめて、本当は力いっぱい抱きしめたいのを抑えながら、壊さないようにの肩に額を乗せ、そして、やっと素直になれる。

「・・・ありがと、な」

 その声が掠れていて格好悪いことも、もう今はどうでもいい。

 何年も何年も無駄に生きていると思い込んでいた。だけど、今は違う。
 全てが教えてくれた。だから、今夜こそは言いたい。夢の中だけででも、伝えたい。おまえに会うために、おまえを幸せにするために生まれてきたんだ。

「銀時、甘いもの以外でプレゼントは何が欲しい?」

 甘いもの以外という指定は彼女らしくて少し笑った。少し考えて、彼女の唇の感触を思い出す。

からキスをして」

 少し身体を離して、彼女を見つめてそう言うと、彼女は少し頬を赤くして、だけどもう怒らなかった。背伸びして、顔を近づけてくれる。彼女の細い腕が太い首に回る。
 そして、柔らかい唇が幸福と共に落ちてきた。






素材:1キロバイトの素材屋さん
お題:siesta
企画:Dear Hero 
2006.10.14. from パンプキン

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